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美作国万灯会が本源寺にて執り行われました。

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 美作国万灯会(みまさかのくにまんとうえ)が2017年7月1日(土)執り行われました。
「万灯会」とは、夕方から夜にかけて、数多くの灯明をともして、仏様や御先祖様を祀り、御供養する仏教法要の一つです。今からおよそ1270年前の奈良時代744年(天平16年)に、東大寺の前身の金鐘寺(こんしゅじ)というお寺で、万灯を灯したのが、日本に於ける万灯会の始まりとされています。
  津山に於いては、森忠政公によって現在の場所に建立された年の慶長12(1607)年、5月3日に忠政公の奥方、お岩の方が亡くなり、本源寺にお祀りされました。(昨年の様子)

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美作国万灯会ー333年ぶりに甦るー 翔鶴・悠久・宴・深山

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「美作国万灯会(みまさかのくにまんとうえ)ー333年ぶりに甦るー 翔鶴・悠久・宴・深山 監修 山形楽」が、2016年7月2日(土)午後6時~9時(※雨天順延)が臨済宗妙心寺派 東海山本源寺に於いて執り行われました。
 「万灯会」とは、夕方から夜にかけて、数多くの灯明をともして、仏様や御先祖様を祀り、御供養する仏教法要の一つです。今からおよそ1270年前の奈良時代744年(天平16年)に、東大寺の前身の金鐘寺(こんしゅじ)というお寺で、万灯を灯したのが、日本に於ける万灯会の始まりとされています。
  津山に於いては、本源寺が森忠政公によって現在の場所に建立された年の慶長12(1607)年、5月3日に忠政公の奥方、お岩の方が亡くなり、本源寺にお祀りされました。
その年のお岩の方の初盆、旧暦の7月14日・15日に、桶屋町・吹屋町から本源寺のお岩の方の墓所まで、万灯が灯されました。そしてその翌年には、吉井川の川向うから墓所まで、津山の町中に灯明が灯されました。現代のように電気のない時代ですから、さぞ美しかった事と思います。

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文化財めぐり(本源寺)

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  2015年12月6日(日)津山郷土博物館友の会 第107回 文化財めぐり「森長継の生母 渓花院ゆかりの史跡探訪」があり、本源寺(森家墓所)を拝見してきました。
 本源寺(森家墓所)
 本源寺の由緒:山号は東海山、臨済宗東海派。元は足利尊氏が創建した神戸村の萬松山安国寺。森忠政の美作入国時に小田中に移転。慶長12年(1607)忠政夫人の於岩が没すると西今町の北方に埋葬され、ここへ再び安国寺を移転し龍雲寺と改称、森家から200石の寄進を受けて菩提所となり、元和年間に山号が東海と改められた。寛永11年(1634)に京都で急逝した忠政は大徳寺三玄院に葬られたが、津山の龍雲寺にも供養墓が建立された。天和3年(1683)忠政の50回忌に当たり、法名にちなみ本源寺と改称。(矢吹正則『津山誌』参照)

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2015年7月7日本源寺において特別拝観がありました。

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2015年7月1日~7月7日(午前10時~午後4時まで)小田中の本源寺において特別拝観がありました。
また、7月7日は午前10時より本源寺本堂で津山藩主 森忠政公 毎歳忌法要があり、初公開として森忠政公の守り本尊、千手観音像(高さ五寸五分)を、法要の間のみ特別に御開帳されました。(2013年380年忌法要の様子)

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街角コンサート(津山国際総合音楽祭)

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2014年10月10日(金)18:00~21:00 城東むかし町家にて「津山国際総合音楽祭 街かどコンサート」がありました。ムビラ演奏はコイケ龍一さん、フォークソング シルヴィーズ(堀田一郎、古森由則、田村みゆき)、ボサノヴァ クミコ・ジルベルト(奥村真治、奥村久美子)、アイリッシュ音楽 Leap Rick(リープリック)(桐山有美、宮尾紀子、森本なつみ、山内陣、Christopher John)さんの演奏にうっとり聞き惚れました。

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本源寺 庫裏(津山市小田中)

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本源寺 庫裏 国指定重要文化財 (2013年6月17日、7月3日取材)

 庫裏は延宝(1673年~1680年)ごろの建築とみられ、桁行20.0m、梁間12.0m、一部二階、屋根は切妻造、桟瓦葺で、南面妻入とし、出入口に庇を付す。南面を除く三面に居室、便所及び浴室など居住のための改変が加えられているが、柱や梁組などの主要構造や平面の構成は、建築当初の状態よく残す。

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本源寺 御霊屋表門(津山市小田中)

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本源寺 御霊屋表門 国指定重要文化財 (2013年6月17日、7月3日取材)

 御霊屋表門は、御霊屋と同じ時期の建築とみられ、間口2.7mの四脚平唐門で、屋根は銅板葺とする。御霊屋同様に頭貫の地紋彫、蟇股彫刻や冠木先の八双形彫刻など精緻な細工を施す。

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本源寺 総門(津山市小田中)

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▲本源寺の総門 (2013年6月17日、7月3日取材)

 江戸時代前期までに建てられた津山藩森家菩提寺の東海山 本源寺の総門は、津山城の門だったとの言い伝えがありますが、文献は残っていないそうです。


 江戸幕府が開かれたとはいえ大阪の陣の前でもあり、戦国の熱さめやらぬこの時期、より戦を念頭に置いた城造りと城下町造りが始まる。津山城は五層の天守を始め、77を数える櫓、40近い城門など百数十の建築物がひしめく壮麗な城で、12年かけて完成した。
  城下の町造りも城下防衛上の理由から、寺院を城の東西に集中させ寺町を形成した。18世紀初頭には、城の西に24ヶ寺、東に10ヶ寺と圧倒的に西に寺院が多い。また、津山城の五層の天守も西を見渡せるように建っており、城下防衛は西側に重点が置かれていた。

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本源寺 御霊屋(津山市小田中)

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本源寺 御霊屋(おたまや) 国指定重要文化財 (2013年6月17日、7月3日取材)

 御霊屋は寛永16年(1639年)の建築で、桁行3間(8.2m)、梁間3間(8.2m)、屋根は宝形造、銅板葺である。正面に唐破風屋根の向拝を付け、柱頭部に金襴巻状の地紋彫、頭貫に亀甲模様の地紋彫を施し、破風や垂木は精緻な彫刻で飾る。


☆本堂西の御霊屋(おたまや)は、忠政公逝去の5年後の寛永16年(1639)に、二代長継公の建立。忠政公をはじめ二代長継、三代長武、四代長成、父可成、兄長可、乱丸、坊丸、力丸、忠政公奥方、子息、息女など、森家と関家と松平家、全28基の御霊碑を安置しています。(本源寺は津山城の真西にあります。)

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本源寺で森忠政公380年忌法要が行われました。

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津山市小田中にある東海山 本源寺の

本堂、庫裏、御霊屋、霊屋表門、中門が国指定重要文化財


  江戸時代 前期までに建てられた津山藩森家菩提寺の東海山 本源寺が新たに国の重要文化財に指定されることになり、2013年7月1日(月)~7日(日) 午前10時~午後5時まで国指定重要文化財記念として一般公開されました。また、7月7日(日)は森 忠政公380年忌法要が行われました。(2013年7月3日・7日取材)

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