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取材記事内をタグ「神社」で検索した結果,168件の記事が見つかりました。

高野神社「春まつり」がありました。

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2017年4月1日・2日に津山市二宮にある高野神社で「春まつり」がありました。
 4月1日には宵宮祭(16:00~16:40)、鎮守の森ライトアップ(日没後~21:00)が本殿・境内・参道・宇那堤森・立石邸でありました。また、4月2日には春まつり祭典(10:00~10:30)、国指定重要文化財の木造獅子2対(県下最古とされる平安時代の木造獅子)の特別拝観(10:45~16:00午後1:00からは一般の方も拝観)がありました。また、2日間限りの修繕特別御朱印がいただけました。(文:高野神社パンフレットより)(2017年4月2日撮影)2009年取材の様子はこちら

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黒姫(黒目売)神社 (津山市東田辺地内)

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 『黒姫神社』は、第16代仁徳天皇と美貌の「黒日売にかかわる物語」を秘めた神社である。付近には黒日売の生家、吉備の豪族「海部直」が住んでいたという『尼堤』『誰夫山』、または黒日売の墓といわれる塚もあり、終焉の地『打伏』がある。
仁徳天皇が黒日売の帰国の跡を尋ねて吉備の山方に行幸されたときの、御製に
「山県に蒔ける菘菜も吉備人と 共にし採めば楽しくもあるか」
天皇が都に帰るとき黒日売は
「倭方へに 往くは誰が夫隠り木の 下より延ひつつ 往くは誰が夫」と詠んだ。『古事記・美作鏡』
因みに黒目谷の東北に鷹妻山あり、鷹妻は「誰が夫」、黒目は「黒女」に通ずると。『苫田郡誌、郷土の歩み』
  神社は初め黒目売の住んでいたといわれる「黒目」にあったが、昭和40年代に昭和池の畔に移転された。

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美土路家の屋敷神(一宮)

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津山市街から北に向かって行くと、中山神社の近くにある難波酒造手前の一角にある。本光寺住職にお聞きすると、元々は美土路家の屋敷神だったそうです。昔美土路家はとても広大な土地を所有していたそうで、ここも屋敷の一角だったそうです。(2017年2月8日・2016年2月3日撮影)

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愛宕神社(東一宮)

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愛宕神社 津山市東一宮
 祭神は「いざなみのみこと」。
かつてはこの集落の鎮護と防火の神として敬われて、年1回の春の作道作りのあと、神前で簡単な祭事と集会が行われていた。(文:『美作一宮 郷土の遺産』より)(2017年2月19日撮影)

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大森神社(東一宮)

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大森神社(牛頭天王) 津山市東一宮
 字天王にある「大森神社」は、牛頭天王をお祀りしている。牛頭天王とは、祇園精舎の守護神であって薬師如来の化身と称される。また祇園とは、孤独長者の買う設備のある壮厳を極めたところをいい、地獄の獄卒の一つで体は人の如く、頭は牛の如きものをいう。
 この神社に祈願すれば、疫病退散の効能が著しいと言われ、一宮の市盛んな時には、参詣者特に多くご利益をいただいたという。当時は境内も広く木立も多く立派な神社であったが時代の流れに押され、ささやかな姿を止めている。なお、現在も近隣の人々により年2回祭事が執り行われている。v(文:『美作一宮 郷土の遺産』より)(2017年2月19日撮影)

三穂神社(奈義町)

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念願を自から果たした神 (「さんぶたろう」伝説発祥の地)
こうべさま由来
 この神域は正貴山と呼ぶ古来の原生林にして1名のこうべ様の名によって往古から美作東北部より因幡路にまたがり広くの民衆の信仰を集めて著名である。 
 別の名を三穂神社と称えるがその三穂の語源ならびに読みにつき諸説さまざまにして詳らかなる定説がない。
 この宮の主神は出雲神族の大国主之命の御子事代主之命であり併せて菅原道真の裔三穂太郎満祐の頭部を後に合祀されている。 (2015年11月20日撮影)

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小須賀稲荷神社(材木町)

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 材木町は津山城築城の折、材木置き場になったことに由来する。
森家の重臣森采女の別邸が置かれたが、松平藩に代わり重臣の小須賀氏の別邸となった。一説にこの屋敷の屋敷神が小須賀稲荷神社として伝わり、現在は材木町と伏見町の町内神になったと伝えられている。武士が屋敷神として稲荷の洞を設けるようになったのは、江戸中期、足軽の子から、幕府の老中まで出世した田沼意次(おきつぐ)が、稲荷を厚く信仰していた為という説がある。
所在:津山市材木町 祭神:宇迦之御魂神(うかのみたまのみこと) 創建:慶長年間(1596~1615) 以降
祭礼:秋祭10/末~11/初
(文:津山城下町まちなかお社巡り 津山まちづくり本舗)(2016年11月30日撮影)

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三橋神社(小性町)

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 小性町の三橋神社は正徳2年(1717)9月29日に宇賀之魂命を勧請。天保8年(1837)に赤穂屋多十郎発起のもと社殿を改築し三端大明神と尊称。
 安政5年(1858)赤穂屋紋右衛門の寄進で屋根葺き替え、明治34年(1901)、江川|浅次郎発起で拝殿改修、更に昭和15年改築を行う。祭神の宇賀之魂命はいわゆるお稲荷さんで三橋家の屋敷神であったが、後に町内神として記られるようになった。所在:津山市小性町 祭新:宇賀之魂命(うがのみたまのみこと) 創建:正徳2年勧請
祭礼:夏祭 7/24 敬老祭 9/8 秋祭 10/24(文:津山城下町まちなかお社巡り 津山まちづくり本舗)(2016年12月7日撮影)

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御倉稲荷神社(山下)

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 山下の津山保育園北側にある御倉稲荷。歴史は古<、森藩時代にこの辺りに藩の詰米御蔵があり、その守り神と
しての存在という。それゆえに「御倉」の名にその意義が伝わり残った。
稲荷信仰は平安初期に史上に現れたが、もとは農耕の神で、五穀を主宰する倉稲魂命(うかのみたまのみごと)を肥った。後世には地区の守護神として、また殖産の神としても栄えた。
所在:津山市山下 祭神:倉稲魂命(うかのみたまのみこと) 創建:慶長年間(1596~1615)以降 祭礼:夏祭7/28
(文:津山城下町まちなかお社巡り 津山まちづくり本舗)(2016年11月30日撮影)

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