国分寺

鎮護国家を標榜された聖武天皇は国ごとに国分寺、国分尼寺を置かれましたが、美作国にも現在の東津山駅から1kmばかり南東の場所に作られました。全国の国分寺の中でも最大級のものだったようです。(→史跡:美作国分寺跡についてはこちら

しかし、当時の建物は、兵火によって悉く灰燼に帰し、今は礎石が幾つか残るのみとなっています。現在の建物は津山藩松平氏の援助により、文政11年(1828)に再建されたということです。

https://www.e-tsuyama.com/knowledge/history/kokubunzi/kubunnizi.html

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