善應寺

当山は比叡山延暦寺第四祖慈覚大師が美作の国を御巡教の際、美作一の宮である中山神社にご参ろうの折、東北の山頂に紫雲のたなびくのを見て、霊地のある事を知り、深山に分け入られると、にわかに甘露が降り、雲中より蟠龍が頭を挙げて、大師の登山を歓び迎える様をしたので、山号を龍頭山と名付け、大師護持の一寸八分の観音像を本尊の体内に納めて当寺の本尊とし、一宇の草堂を建立されました。その後次第に栄え、三十三所の観音を末寺として大伽籃を構えていたが、兵火の為焼失し衰微したが、慶長年間に秀円法印が再興し、その後中興第10世宥盛法印の宝暦年間に元に服したが、文政年中に野火に遭い焼失し、再建中に再度火災に遭い、慶応2年に復興しました。
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