杉田玄白の書簡が面白い! 「津山洋学資料館」

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この手紙は面白い!現代に通じる教えが沢山あります。是非、読んでみてください。

霜月十四日付 小林令助宛 杉田玄白書簡

1805(文化2)年11月14日、玄白73歳の書簡。前年に玄白は将軍にお目見えをしており、令助がそれに対して述べた祝賀への返礼、ソッピルマート(塩化第二水銀、消毒用劇薬、当時は梅毒治療に用いられた)の製法に関する問い合わせへの回答、外科治療に関する回答、令助が仕官の斡旋を依頼したことに対して、医業を大切にするべきという忠告などが記されています。(文・情報提供:津山洋学資料館)



江戸蘭学と美作 杉田玄白門人・小林令助

 小林令助は美作国勝南郡岡村(現・勝央町)出身の医師です。江戸に遊学して、玄白のもとで外科を学び、また京都では吉益南涯に内科を学んだ後、郷里に帰り、開業しました。

 令助の名は玄白の門人帳には見当たりませんが、玄白の日記の1790(寛政2)年2月17日条に「送帰令助之作州」という詩が見え、また、同年3月4日条にも「業成才子作州帰」という詩があります。令助は故郷に帰ってからも医療に意を注ぎ、後に但馬国出石藩(現・兵庫県豊岡市)の藩医に取り立てられています。

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津山弁で面白く、手紙の内容に関する解説がされております。

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杉田玄白の人柄がよくわかりますよ~。

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