紫式部の墓伝説(物見)

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苫田郡誌に載っていた「紫式部の墓」(2015年8月31日取材)
 「上加茂村大字物見の畑中に在り、周圍に石を累ね其の上に小き墓堂ありしが今は腐朽して在せず、址に椿樹を生す。傳(つた)へ曰ふ紫式部因幡より中國に至る時此の地に於いて歿(ボツ)せしを埋葬せし處(ところ)なりと。」(文:苫田郡誌より引用)

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ご案内いただいたのは、物見にお住いの岡亀代さん(90歳)です。

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安政元年に生まれた岡さんのおばあさんに「紫式部のお墓に参ってきなさい。」と良く言われたそうです。「安政生まれの字も読めない田舎の祖母が、紫式部を知っているはずがないので、何かいわれがあったのでしょう。」と岡さん。

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この杉林は、元は岡さんのお宅の田んぼだったそうです。昭和55年位に杉の木を植えたそうです。

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ここがお墓だと教えてくださいました。

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途中、鹿の角拾いました。

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岡さんの下の田んぼにあるクマも紫式部の墓だと言われているそうです。

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「岡さんは物見と言うところは坂の多い所です。」と言われましたが、景色がとても綺麗でした。

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「今年はとても嬉しいことがあったんですよ。5~6月頃、家の電線に「あかしょうびん」という鳥がきたんです。足が赤い鳥でトンビとカラスの合いのこのような声でぴぃ~ひょろと鳴くんです。それがとても嬉しかった事です。」と話して下さいました。
 岡さん曰く、物見神社の下の谷に千利休の石碑が墓地内にあったそうですが、墓地ごと引っ越されたそうです。また、比丘尼屋敷と言われる屋敷が牧場の下の方にあるそうです。(2015年8月31日と9月10日取材)
※クマ 【隈】=(ひっこんで)目立たない所。物陰。辺地。片田舎。