城東地区(観光スポット情報)

高校生と城東めぐりをして来ました。

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2016年3月22日、インターンシップで鏡野から津山市内の高校へ通っている高校生をお引き受けして城東地区を巡ってきました。感想に「普段はなかなか歩く機会のない城下町でしたが、ひとつひとつ丁寧に見たり、いろいろな方と話をしたりしながら歩くと、いつもは何気なく車から見ていた景色とは別の視点で見学することができました。また、何も知らずに歩くより、各地の説明を聞きながらめぐる城下町はひと味違う雰囲気でした。」と嬉しいレポートを残してくれました。
※平成25年8月7日、文部科学大臣から重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

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津山・美作の国いにしえギャラリー by 江見写真館(第1回 梶村邸)

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梶村家の歴史
 梶村家はもとの屋号を米屋といい、元禄年間(1695年頃)には出雲街道の南側に居住し、その後現在の地に住んだようである。
 宝暦年間(1760年頃)には山内屋と称しているが、商いは不明である。明和4年(1767)に「札元並」という町役に任命され、五人扶持、名字を許され茂渡藤右衛門と改名、その後数代にわたり「札元」を勤めている。
 梶村姓を名乗るのは明治4年(1871)からである。明治中期には平五郎が県会議員として県政に貢献し、銀行業務に尽くすかたわら和歌を得意とし明治42年(1909)の歌会始に入選するなど、美作地方の歌壇の発展に尽くした。また、長男良次もガス会社・製紙会社などの経営に活躍した。
 なお、平五郎などの和歌の活動の場となったのが、当家の後の果樹園に建っていた「千草舎」(ちぐさのや)と呼ばれていた庵である。そこで、このたびの修理で茶室にこの名を引き継いだ。
(文:梶村邸説明パネルより)(写真提供:江見写真館、※写真撮影の年代は全て賀陽宮様がお出でになった昭和6年のものだそうです。)※写真は「津山瓦版」のみ使用可です。

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第27回 出雲街道 津山城東むかし町」のイベントが行われました。

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2016年11月6日(日)午前10時~重要伝統的建造物群保存地区一帯で「第27回 出雲街道 津山城東むかし町」のイベントが行われました。当日は曇りで少し雨もぱらついていて心配しましたが、何とか雨も降らずに皆さん楽しんでおられました。出雲街道沿いの1.2kmが歩行者天国となり、時代行列や津山城東音頭をはじめ、物産市やホルモンうどん、出雲街道そば、箕作うどん、猪鍋などのグルメ、消防音楽隊パレード、自衛隊パレード、オリエンテーリングなど様々なイベントが催されました。(2015年の様子)

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