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渡邉 康雄


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マーラー:交響曲第10番

最終更新日 2007/09/01(Sat) 13:32
マーラー:交響曲第10番

マーラーの交響曲第10番・デリック・クック版のアメリカ初演が1965年11月5日にフィラデルフィアで行われ、その僅か12日後に同地で録音されたCDを入手した。
ユージン・オーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団。
楽譜が初めて市販されたのが1976年であることを考えると、当然手書きの楽譜で演奏したのだろう。細くに丁寧に聴くと、私の楽譜と違う個所、表情記号が明らかに書いてない個所、拍が完全に抜け落ちている個所など、非常に興味深い。第2楽章などは楽員諸氏が拍を数えるのに非常に苦労しているのが明瞭に聴き取れる。
このCDのジャケットは見覚えがあると思ったら、父が大事に所蔵していた同曲のレコードと同じだ!! ラトル、インバル、レヴァインら世界の巨匠達も父と同様にこの録音を研究したであろうことを考えると、感無量である。

マイケル・ケネディ(Michael Kennedy)というイギリス人のデイリー・テレグラフ紙(北イギリス版)に音楽評論家として永年勤務していた人の書いた「グスタフ・マーラー、その生涯と作品」(中河原理訳、芸術現代社)にこの交響曲のことが詳しく書かれていたので、抜粋を少し掲載する。
「第10番は死の想念を超えた、人間の精神的勝利に対する輝かしいまでに肯定的かつ積極的主張で終わる交響曲である。」
 「クック氏のおかげで第10番は第9番より偉大である(または偉大になるはずだった)と主張することができる。10番の方がバランスよく、より入念に作曲されている。構成はシンメトリックで、約20分の両そと楽章、約11分のスケルツォ(第2、第4楽章)、そして5分を少し切れる中央の楽章から成っている。
第5番に似て2部からなり、第1部はアダージョ(第1楽章)、スケルツォT(第2楽章)、第2部はまずアレグレット・モデラート(第3楽章)がきて、そこからスケルツォU(第4楽章)とフィナーレの主要な材料が引き出されている。
曲頭のアダージョは見事なエレジーで、第9番の終曲より感動的であり、ブルックナーふうの幅と豊な和声をもつその主要主題(冒頭ヴィオラ)は脈打つピチカートの上(32小節など)を高く流れてゆく。しかし間もなく弦楽器が高音に出て来て、ほとんど叫ぶような調子になり、このためマーラーは神経症のレッテルを貼られることがある。
「ヴォツェック」「ルル」その他1920年代のヨーロッパのすべての音楽はこの楽章の子宮の中でうごめき、叫んでいたようにみえる。」

シェーンベルグを熱烈に後押しをするなど12音主義の間近にいたマーラーは、妻アルマに「実はあの音楽はよくわからない」(アルマ・マーラー著:マーラー、愛と苦悩の回想、石井宏訳、音楽之友社)と言っていた。それにもかかわらず、この第10番ではほとんど無調の世界にまで突入し、和声構造が著しく変幻自在に進化している。驚くべき頭脳の持ち主だと言わざるをえない。第2楽章のリズムの複雑さもしかり。

以上、非常に的を得た文であったので大変に勇気づけられた。この曲をクロージングコンサートに選んだ真意をマイケル・ケネディが理解し後押ししてくれたと感じた次第である。

この8月29日(水)夜7時からベルフォーレのホワイエで「渡邉康雄音楽監督と語る夕べ」が開催されます。そこでこの交響曲第10番の魅力をたくさん話しをするので、是非多数ご来場ください。心よりお待ちしています。
渡邉 康雄

非常に感銘を受けた岩城先生の文章

最終更新日 2007/09/01(Sat) 13:31
今から15年前の1992年2月に、昨年他界された岩城宏之先生の家に遊びに行った時に、「康雄ちゃん、これ使わないから、あげるよ」と、マーラー「巨人」のマーラー協会版のスコアをくださった。以来、それを使って3回ほど指揮をさせていただき、今度が4回目になる。
以下の、非常に感銘を受けた岩城先生の文章を読んだので、是非読んで欲しく、全文を掲載する。
渡邉康雄

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岩城 宏之 著 『回転扉のむこう側』(集英社文庫)より
交響曲第一番「巨人」

二十五、六年前のことである。グスタフ・マーラーの交響曲を、初めて指揮することになった。若いぼくには大曲である。

 当時はウィーンに住んでいた。その頃のウィーン・フィルハーモニー最長老のチェロ弾きに、そのことを得意気に話したら、「いい事を教えてやる。おれはブルノ・ワルターの指揮で、何度も演奏している。彼が練習のとき何を言ったか思い出しておいてやるから、明日の晩うまいワイン持って、うちにおいで」と、うれしそうに言った。

 ワルターはマーラーの直弟子で、指揮者としてのマーラーがウィーン歌劇場の音楽総監督だった時期、副指揮者を務めていた。総監督は自分のことを全く評価してくれず、いつもバカにしていたが、それでも自分の作品については、直々にくわしく話してくれたものだ、とウィーン・フィルの連中にしゃべっていたそうである。正直なひとだ。
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 “第一楽章”
長い長い、永遠に続いてきたような冬である。でも、いくらなんでも、もう春が来てもいいのじゃないか。雪の下の種が目を覚す。冒頭のオーボエ二本の上行音は、大あくびなのだ。芽をちょっと出す。外はどうだろう。まだ寒い。厳しすぎる。震えながら、何度も地面の上をうかがうが、あきらめる。やっと春が来る。しかし芽にとっては、春というより、春への憧れであるだけかもしれない。

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 “第二楽章”
 美しく、うれしい春である。だがやはり「夢」の春なのだ。

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 “第三楽章”
 有名なコントラバスのソロで始まる。ゆっくりした歩みである。チェコの片田舎にあった、ユダヤ人ゲットーの物語だ。
 だれかが死んだ。みんな棺をかつぎ、荒野の墓地に、静かに運んでいく。遠くから勇ましいブラスバンドがきこえてくる。監視の巡邏隊(じゅんらたい)である。棺を下ろし、身を潜める。兵隊どもは遠ざかる。葬式の行列は再び進む。棺を埋める。ピアニッシモで、やわらかく明るいメロディーが出てくる。明るいからこそ、極限の悲歌なのである。永久に来ることのないであろう、自由への憧憬。

突然、軍隊のマーチが近くで鳴る。見付かったのだ。ゲットーのユダヤ人は、いかなる理由にせよ、集会を禁じられていた。いきなり狂気の馬鹿騒ぎが始まる。酔っぱらって踊り狂っているふりをする。巡邏隊が去る。再び重い、地の底にめりこむような悲しみにつつまれ、この楽章は終わる。

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 “第四楽章”
強烈なシンバルの爆発で始まる。もう我慢できない、何千年のユダヤ民族圧迫を撥ね返そう。自分たちの国を作ろう。楽園建設のために立ち上がるのだ。長い戦いと、偉大なる勝利。ユダヤ民族の独立と栄光――。
 この話はショックだった。感動した。

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 それまでも、交響曲第一番「巨人」は好きだったが、なんとなく好きだ、以上の何ものでもなかった。読売ジャイアンツのイメージがあったくらいである。音楽というものは、それだけでよいものではあるけれど、以来、この曲に対するぼくの態度、解釈は、ユダヤ人の、ユダヤ人による、ユダヤ人のために……に、徹するようになった。

 不思議なことだが、マーラーのこの意図を書いてある音楽解説に、お目に掛かったことがない。美しい民謡を組み合わせ、たくみに構成して、壮大なシンフォニー創り上げた……、というようなものばかりだ。近代の作曲家の語録なんぞ、調べればゴロゴロしているだろうに。

 マーラー――ワルターはかく語りき、を日本のオーケストラに説明しながら練習をしたことがあったが、一度で懲りてしまった。フン、それがどうした、という雰囲気を感じて、いやになった。豊葦原瑞穂(とよあしはらみずほ)の国の、幸福な単一民族の音楽家には、ユダヤ人民族問題は、関係がないらしい。

 その点、欧米のオーケストラでは、強烈な反応がある。ほとんどのひとには初耳の話で、中には涙ぐむ音楽家もいる。どこの国のオーケストラにも、多くのユダヤ人がいるし、演奏がガラリと変わってしまう。
 最近、マーラーのシンフォニー全曲CD録音で、世界的になった指揮者のインバル氏が、東京での記者会見で言ったそうである、

「マーラーの音楽は、世界中でどんなに流行ったところで、所詮は、われわれユダヤ人以外には、絶対に理解できないものなのです」
 自分のCDが、超ベストセラーを続けている国で言うのだから、世話はない。
 この何日間、ナタリア・グートマンという今売り出しのソ連のユダヤ系女性チェリストと、ブロッホの「シェロモ―― ヘブライ狂詩曲」をやっている。民族の悲嘆、慟哭を、これでもか、これでもかと、彼女はおそろしいエネルギーで叫ぶ、まさに怨歌である。草食民族の末裔としては、いささかつきあいきれない感じもある。くたびれる。
                     
1987年 2月19日 ストラスブール

音楽祭の準備状況など

最終更新日 2007/09/01(Sat) 13:27
音楽祭の準備状況など

今回の最終日に来てもらう九州交響楽団には、作陽出身者が13名演奏しています。その中の多分11名が津山時代の作陽音楽大学で勉強した人達です。広島交響楽団の7名より九響 の方が多く、それだけこの音楽祭に思い入れが強いと感じており、事務局長氏からも楽員の皆が大変に張り切っているとの連絡を受けています。

マーラーの交響曲第10番はビオラに多くのソロ等の活躍があり、またビオラの難曲としても有名です。

第6回の音楽祭でビオラの演奏をさせてもらった私の長男、信一郎が、東京 都交響楽団の入団試験で弾いたのが同曲で、27人受けて長男一人が採用になった思い出の曲であり、九響事務局長とビオラセクションのことを話ししていた時に首席奏者に信一郎がどうかという事になりました。

その後に団内で検討をしていただき、渡邉曉雄が創設に加わった津山国際総合音楽祭に、その孫が首席で出演するのは大変に良いという判断を頂戴し、親子共演が実現する運びになりました。
信一郎が小学生だった時分に「おおパ」のいる津山に夏に来て、プールで泳いだりした思い出の地です。父の住んでいた警察署の隣りのアパートに泊まったようです。前回に続き津山で弾ける大いなる喜びがあるようで、心より嬉しく思っているところです。

作陽大学の方では、9月23日のマーラー「巨人」の音楽会の出演メンバーがほぼ決定した所です。学長の意向により「作陽学園祝祭管弦楽団」という名称になり、学内の主だった教員と選抜学生たちが基軸となって、倉敷に移って上手になり本当に良かったと津山市民に感じていただけるような布陣で演奏に臨みます。

この7月18日(水)には学内において学生達のみによる演奏会があり、作陽大学非常勤講師の森口真司さんが「フィンランディア」と「巨人」を指揮します。この後に9月になって私の指揮で強化練習を行い、本番2日前に卒業生でプロとして活躍されている諸氏に参加いただき、本番の人員全員で練習して当日にバスで津山入りという予定です。

78歳になられたチェロの松下修也先生も演奏に加わっていただけることになり、父以来20年ぶりの「作陽・巨人」の演出の準備も着々と進んでいますので、是非お楽しみにして頂きたいと念じているところであります。

以上、今日は進行状況などをお伝えしました。
渡邉 康雄

音楽監督を拝命しました。

最終更新日 2007/09/01(Sat) 13:26
今度の第7回津山国際総合音楽祭では音楽監督を拝命しました。
作曲家グスタフ・マーラーを主軸とした世界的に有名なこの音楽祭を、今回も是非とも大いに盛り上げたく、執筆しています。

現在、最終日に私が指揮をする交響曲第10番の猛勉強中であります。
 
演奏時間が約76分かかるこの作品は、第1楽章のみが「交響曲第10番アダージョ」という名称で発表され、それ以外の4つの楽章はスケッチで残されていました。従って本人による完全な作品ではないという理由で指揮をしない有名指揮者もおります。
しかし、調べていくと、少なくとも3人が完成させて「マーラー交響曲第10番」というタイトルでそれぞれが発表を行っています。
それらの演奏会はことごとく破格の大成功をしており、最初に完成させたデリー・クック版を聴いたマーラー未亡人が涙ながらに「そこに亡き夫がいるみたいだ」と感想を述べるなど、大きな感銘をあたえる作品として成立していることが立証されています。

今回初めて指揮するにあたり、私が聴いたデリー・クック(Deryck Cooke)版のCDは以下です。

1.サイモン・ラトル指揮・ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(録音1999/9)
2.エリアフ・インバル指揮・フランクフルト放送交響楽団(録音1992/1)
3.リカルド・シャイー指揮・ベルリン放送交響楽団(録音1986/10)
4.サイモン・ラトル指揮・ボーンマス交響楽団(録音1980/6)
5.ジェイムス・レヴァイン指揮・フィラデルフィア管弦楽団(録音1978/4‚ 1980/1)
6.クルト・ザンデルリング指揮・ベルリン交響楽団(録音1979/11‚12)

 この他に現在までにルドルフ・バルシャイ指揮・ドイツ若人管弦楽団(Junge Deutsche Philharmonie)のバルシャイ(Rudolf Barshai)版(録音2001/9)と、レナード・スラトキン指揮・セントルイス交響楽団のレモ・マツェッティ(Remo Mazzetti‚Jr)版の初録音(録音1994/3)を聞いてみました。

私が使用している楽譜は、Faber Music Ltd というロンドンにある会社と、Associated Music Publishers‚ Inc というニューヨークにある会社の両社から共同出版されているもので、父が東京都交響楽団との日本初演時に使った物と同じ楽譜ですが、父のは1976年に出版された初版で、私のは1989年に細部を修正して再版された楽譜を使っています。
 
私の強みというか、特権は、父の残した大きな遺産ともいえる血のにじむ様な努力の決算である彼個人の多くの書き込みのある楽譜を、詳細に理解し勉強できる立場にいることです。
指揮者というのは、演奏する音楽の考え方の方向性を決め、オーケストラをリードしていくのが役目なわけですから、その楽譜に勉強時に書き込まれた内容が非常に大きな意味を持っている訳で、実はすべてを物語っていると言っても過言ではありません。
当然ながら、それらから父に教えられることが実に多々ありますが、長男として、「オヤジ、これは違っているよ」という書き込みも存在するわけで、私は、私個人としての可能な限り最高のベストを尽くしたいという気持ちで立ち向かっています。

大きな音楽祭の最終日を飾らせていただくので、その演奏への私の心構えみたいなものを書いてみました。

渡邉康雄

マーラー:交響曲第10番

最終更新日 2007/09/01(Sat) 13:26
マーラー:交響曲第10番

マーラーの交響曲第10番・デリック・クック版のアメリカ初演が1965年11月5日にフィラデルフィアで行われ、その僅か12日後に同地で録音されたCDを入手した。
ユージン・オーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団。
楽譜が初めて市販されたのが1976年であることを考えると、当然手書きの楽譜で演奏したのだろう。細くに丁寧に聴くと、私の楽譜と違う個所、表情記号が明らかに書いてない個所、拍が完全に抜け落ちている個所など、非常に興味深い。第2楽章などは楽員諸氏が拍を数えるのに非常に苦労しているのが明瞭に聴き取れる。
このCDのジャケットは見覚えがあると思ったら、父が大事に所蔵していた同曲のレコードと同じだ!! ラトル、インバル、レヴァインら世界の巨匠達も父と同様にこの録音を研究したであろうことを考えると、感無量である。

マイケル・ケネディ(Michael Kennedy)というイギリス人のデイリー・テレグラフ紙(北イギリス版)に音楽評論家として永年勤務していた人の書いた「グスタフ・マーラー、その生涯と作品」(中河原理訳、芸術現代社)にこの交響曲のことが詳しく書かれていたので、抜粋を少し掲載する。
「第10番は死の想念を超えた、人間の精神的勝利に対する輝かしいまでに肯定的かつ積極的主張で終わる交響曲である。」
 「クック氏のおかげで第10番は第9番より偉大である(または偉大になるはずだった)と主張することができる。10番の方がバランスよく、より入念に作曲されている。構成はシンメトリックで、約20分の両そと楽章、約11分のスケルツォ(第2、第4楽章)、そして5分を少し切れる中央の楽章から成っている。
第5番に似て2部からなり、第1部はアダージョ(第1楽章)、スケルツォT(第2楽章)、第2部はまずアレグレット・モデラート(第3楽章)がきて、そこからスケルツォU(第4楽章)とフィナーレの主要な材料が引き出されている。
曲頭のアダージョは見事なエレジーで、第9番の終曲より感動的であり、ブルックナーふうの幅と豊な和声をもつその主要主題(冒頭ヴィオラ)は脈打つピチカートの上(32小節など)を高く流れてゆく。しかし間もなく弦楽器が高音に出て来て、ほとんど叫ぶような調子になり、このためマーラーは神経症のレッテルを貼られることがある。
「ヴォツェック」「ルル」その他1920年代のヨーロッパのすべての音楽はこの楽章の子宮の中でうごめき、叫んでいたようにみえる。」

シェーンベルグを熱烈に後押しをするなど12音主義の間近にいたマーラーは、妻アルマに「実はあの音楽はよくわからない」(アルマ・マーラー著:マーラー、愛と苦悩の回想、石井宏訳、音楽之友社)と言っていた。それにもかかわらず、この第10番ではほとんど無調の世界にまで突入し、和声構造が著しく変幻自在に進化している。驚くべき頭脳の持ち主だと言わざるをえない。第2楽章のリズムの複雑さもしかり。

以上、非常に的を得た文であったので大変に勇気づけられた。この曲をクロージングコンサートに選んだ真意をマイケル・ケネディが理解し後押ししてくれたと感じた次第である。

この8月29日(水)夜7時からベルフォーレのホワイエで「渡邉康雄音楽監督と語る夕べ」が開催されます。そこでこの交響曲第10番の魅力をたくさん話しをするので、是非多数ご来場ください。心よりお待ちしています。
渡邉 康雄

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