【津山人】箕作阮甫(1799-1863)
阮甫は生涯一医者にとどまらず、経済・天文・法学・地理・物理・兵学など洋学者として、広く学問を修め、幕府の外交政策等にかかわり、近代日本の文明開化の先がけとなった一人で多くの業績を残した。まさに郷土の誇りである。勿論日本の誇りでもある。孫の菊池大麓は、東京大学の理学部教授・理学部長を経て、総長まで務め、のちに文部大臣、京都大学総長も務めました。(情報提供:津山洋学資料館)
阮甫は生涯一医者にとどまらず、経済・天文・法学・地理・物理・兵学など洋学者として、広く学問を修め、幕府の外交政策等にかかわり、近代日本の文明開化の先がけとなった一人で多くの業績を残した。まさに郷土の誇りである。勿論日本の誇りでもある。孫の菊池大麓は、東京大学の理学部教授・理学部長を経て、総長まで務め、のちに文部大臣、京都大学総長も務めました。(情報提供:津山洋学資料館)
堀井会館から西になだらかな坂道を行くと、家並みの途絶えた左手前方に、真新しい鳥居が見え、開けた所に樫風呂様の社がある。かつては大きな樫の木があったが、その下に広い風呂のようにくぼんだ所があり、堀井組合ではここでお籠りをしていた。その後方に白壁の阿弥陀堂が見える。ここは「本尊薬師如来 苫勝第七番霊場」となっており、堀井では昭和30年代まで、巡礼にくるお遍路さんの接待をしていた。阿弥陀堂が老朽化したため、堀井組合で浄財を出し合って、平成8年に改築し今もねんごろに祀っている。
下田邑の泉水寺で1年の無病息災や家内安全などを祈る火渡り行が行われました。
私もおっかなびっくり!初詣の参拝者と共に火渡り行をしてきました。(2014.1.1)
火渡りは古くから修験道に伝わる儀式だそうで、とても厳かな儀式でした。読経や弓を使った清めの儀式の後、護摩壇に点火し、燃えた炭火の上を住職らが先陣を切って渡り、その後を檀家さんや参拝者が続きました。
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栗柄神社の由来(美作国theミステリーツアーの中にあった栗柄神社訪問)
当神社は、武将 坂田金時をお祀りしたものです。金太郎は、駿河の国(静岡県)富士山の麓、足柄山を望む坂田村(小山町)で八重桐を母として産まれ、成長して坂田公時(金時)と名を改め源頼光の四天皇のひとりとなり、丹波の国の大江山に酒顛童子を退治する大手柄をたてた。その後九州の賊を征伐するために、播州から作州に入ったが大雪のため美作の国・勝間田荘の仮陣屋に滞在中、病によりこの地で亡くなった。ときに寛弘七年(1010年)十二月五十七歳であったとされている。2013.12.23訪問
美作国ミステリースポットとして紹介されている中の【箱岩(函岩)】2013年12月8日(日)
「美作国は謎に満ちて」の中に出ている「箱岩橋」。確かに箱岩橋のたもとに、巨大な岩が重なっていた。急な崖を無理やり降りると、岩の継ぎ目に箱形の隙間がある。ミステリーの本の中では「陰陽師の安倍 晴明・蘆屋道満がここに日本地図をおさめていた」また「幕末の安政の大地震で通路がふさがり、入ることができなくなった。
2013年11月30日(土)~2014年3月16日(日)【9時から17時(入館は16時30分)】
場 所:津山洋学資料館 ※問い合わせ:0868-23-3324(津山洋学資料館)
和算と言えば難解だと思われがちですが、それを昔の人はスイスイ難問を解いていたのですから偉いですよね。今よりはるか昔に杭などの測量器具で精密な計算ができた和算ってすごいですよね。測量器具の本物をこの機会に是非ご覧ください。
東谷の矢田から深山に向かう山道を歩くと、深山の集落が見えだす辺りの墓地に自然石の大日如来の塔がある。表に刻まれた「大日如来」の下部右側に「右かも」、左側に「左やま」と記されている。裏面には「文政八乙酉八月吉日」とあり、1825年の建立である。大日如来の塔は牛馬の供養のために建てられたもので、高倉地区の各所に見られる。
勝加茂坂上字大道東に豊岡神社がある。祭神は豊受姫命、配祀は水波能女命・志那津比古命を祀り、坂上の産土神である。本社の創立について「神社明細帳」に、天文三年(1534)ニ月九日出雲富田の城主、尼子経久がその武将三好安芸守に命じて社殿を造営すると記され、勝加茂東村誌にも同様な記載があるがそれをうらづける古文献等の資料はない。始めは村内の字から池畔に鎮座し、昭和十年に現在の位置に遷座した。むかし、産土神は勝加茂西上(現上村)の若王子権現であったが、明治十年氏子を離れ以来当社をもって産土神と定めたのである。(勝加茂村史・歴史めぐり資料より) 2012年11月26日取材
2013年10月26日当日の天気は雨で心配しましたが、舞台が始まるころからは雨もほぼ止んでいました。ここは子どもの頃からいつも行っていた場所でもあり、感慨深いものがありました。薪能「田村」 は吉田篤史さんがシテとして出演。田熊回り舞台
主催:ゆきちゃんのぐりーん倶楽部 代表 小島幸子・共催:津山市田熊町内会
天平十年(738)美作守大伴兄磨のとき、豊前国(大分県)字佐八幡宮の分霊を勧請し、上宮八幡宮と唱えたという。祭神は品陀和気命(応神天皇)・大雀命(仁徳天皇)・天御中主命の三神をまつり、相殿に足仲彦命(仲哀天皇)・息長帯比売命(神功皇后)をまつる。(美作神社資料)