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東大番所跡

▲東大番所跡(宮川大橋の西詰め角にある小さなスペースです。)(2009.8.23)

江戸時代、城下町の出入口には軍事面と治安維持の必要から番所が置かれていました。

 津山藩では1678年(延宝6年)、城下を貫通する出雲街道の東西の2ヶ所の入口にそれぞれ大番所を設置して番兵を常駐させていました。
  宮川大橋の西詰めのこの地には東大番所があり、また宮脇町の翁橋東詰には西大番所がおかれていました。これらの番所を境に城下を内町と外町に分けて従来の取締まりを行っていました。

▲旧東大番所跡の道しるべ


  現在、宮川大橋を渡った城東地区の出雲街道沿い1.2キロメートルの区間を町並保存地区に指定しています。江戸後期から明治を中心とした伝統的な町家が数多く残っています。

▲旧東大番所跡の説明板

▲旧東大番所跡の四つ角

▲旧東大番所跡から見る宮川

▲旧東大番所跡の四つ角

▲宮川大橋

▲宮川大橋

▲宮川の河川敷です。左手の木が茂っているのが鶴山公園です。