津山洋学資料館は

平成22年3月19日(金)に開館します。

▲入口


プロローグ室 
知は海より来たる

洋学の世界へ
 江戸時代、西洋の知識はオランダによって長崎・出島にもたらされ、「蘭学」が生まれました。プロローグでは知の入口となった出島をイメージし、床には絵図を描いています。さあ、私たちも出島を通って、洋学がどのようにして発達していったのか、歴史を辿る旅に出発です。

 

▲プロローグ室


 

展示室〔1〕
人体に隠された科学への扉

江戸蘭学の夜明け 
 オランダ語の解剖書を見た杉田玄白たちはその正確さに驚き、翻訳を決意します。『解体新書』は江戸蘭学の夜明けを告げ、やがて各地に蘭学者が生まれていきました。
 展示室〔1〕では『解体新書』など蘭学が始まったころの資料や、津山藩にはじめて蘭学をもたらした宇田川玄随、そしてその跡を継いだ玄真・榕菴の業績を紹介しています。

 

 

▲展示室〔1〕


 

展示室〔2〕 
世界へと開かれていく眼

阮甫が生きた時代
 幕末には、日本は欧米諸国から開国を迫られます。津山生まれの藩医箕作阮甫は、ペリーが持参したアメリカ合衆国大統領の親書を翻訳し、プチャーチンが長崎に来航した際には対ロシア交渉団に随行しました。これほどの活躍をした阮甫とは、一体どのような人物だったでしょうか。展示室〔2〕では阮甫の生涯と、その跡を継いだ省吾、秋坪を紹介します。

 

▲展示室〔2〕

 

 

展示室〔3〕 
日本の近代化と津山の洋学者

開国からやがて明治維新へ 
 激動する時代の中で次第に洋学の重要性が高まっていきます。幕府や政府は海外に留学生を派遣して近代化を推進し、津山からも津田真道、箕作麟祥、箕作佳吉、久原躬弦、箕作元八ら多くの若者が海を渡っていきました。一方郷土津山でも、洋学を学んだ医師たちが地域医療や教育に尽力します。

 

▲展示室〔3〕では日本の近代化に貢献した津山の洋学者たちに迫ります。

※津田真道(つだまみち)、箕作麟祥(みつくりあきよし)、箕作佳吉(みつくりかきち)、久原躬弦(くはらみつる)、箕作元八(みつくりげんぱち)


 

幕末から明治期の美作地域にある医家の調合の間(診察や薬の調合を行う部屋)を再現しています。

▲前庭

 

▲復元展示室〔ある医家の調合の間〕


 

▲外観が美しい

▲入口

 

【主な展示資料】

・杉田玄白らの翻訳した『解体新書』

・山脇東洋の腑分けの記録『蔵志』

・宇田川玄随が翻訳刊行した日本最初の西洋内科学書『西説内科撰要』

・宇田川玄真によるベストセラー医学書『医範提綱』

・宇田川榕菴の本格的植物学書『

植学啓原』

・宇田川榕菴の化学書『舎密開宗』

・箕作阮甫の翻刻した『和蘭文典』

・黒船来航の様子を描く「ペリー来航絵巻」など

津山洋学資料館

〒708-0833 岡山県津山市西新町5

TEl0868-23-3324

津山洋学資料館公式サイトはこちら
街検索「津山洋学資料館(新館)」

城東むかし町の見どころ

 

▲榕菴コーナー

オランダカルタなど、江戸のマルチ学者・宇田川榕菴の好奇心を物語る資料を紹介しています。


★写真、文は津山洋学資料館からご提供いただきました。


 

/※旧洋学資料館の取材記事展示物/日蘭交流の記事/