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大信寺

▲大信寺の西から蓮光寺までの約300mが寺下通りです。城東地区は、津山城の防備のために城下の西に設けた「西寺町」に対して「東寺町」と呼ばれ、森藩の時代には津山城下34ヶ寺の内10ヶ寺が城東地区にあり、現在も7ヶ寺が残っています。

 大信寺は江戸時代初期の元和7年(1621)の創建としているが,詳しいことは分かっていない。本堂は江戸時代後期の天保2年(1831)に建築されたものである。

 丹後山の山裾に建立された、大信寺・本蓮寺・千光寺・蓮光寺の参詣道として、上之町通りの北側に寺下通りが設けられました。現在では南北に道がつけられ、上之町通りから各寺に行けるようになっていますが、創建当時は寺下通りの東西道しかありませんでした。(城東まっぷより)

2009.3.28

▲夏椿は、今のご住職が来られた時に植えられた記念樹だそうです。(20年経った椿)落ちるときは上を向いて落ちるのだそうです。

▲椿

▲椿の花が綺麗

▲馬酔木の花が可愛い。

▲来られた方に、ゆっくり休憩をとってもらうためにとイスやテーブルが備わっていました。


大信寺(だいしんじ)

津山市林田1789

山号:證誠山
札所名:美作西国三十三所観音霊場
札所番号:第32番
観音の種類:千手観音

▲大信寺山門

▲観音堂。

▲本堂

▲浅本鶴山は放浪の陶工、南蛮焼の名手として高く評価されています。大信寺には自然石に「陶工」と刻んだユニークな墓があります。また、本堂の扁額が「広開浄土門」と陶器製の文字で作られているのも彼の手によります。

鶴山は明治18年(1885)津山で生まれ、2歳で陶工の浅本房吉の養子になりました。放浪、修業の後、昭和11年頃津山に帰り作陶し多くの作品を残しました。

▲「扁額」(浅本鶴山作)(門土浄開広)

▲山門の扉

▲太鼓橋があります。

▲客殿

▲大信寺は高台にあり、見晴らしが良く、東の町が一望できます。

境内には紅葉の大木があって、秋にはさぞかし綺麗に色づくことでしょう。

▲歴代和尚のお墓です。

▲釣鐘昭和54年5月

願主:第27世彰擧健定代。

▲往時をしのばせる石垣。