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蓮光寺

▲蓮光寺昭和本堂(2009.3)
  津山市林田は、中世には林田郷と呼ばれ、この地方の交易、文化の中心として、田中郷、戸川の宿と共に栄えた。林田郷はまた、津山に於ける日蓮宗発祥の地でもあった。
  慶長8年、森忠政津山入府の後、慶長15年(1610)本光院日秀は、この地に明星山蓮光寺を開いた。開基檀越は金谷佐大夫夫妻である。
  寛文年間となり、徳川幕府の日蓮宗への禁圧、所謂寛文の法難により、寺運は衰微を極めたが、延宝年間、第5世是音院日厳の入寺により再興される。下って天保末年に至り、火魔により本堂を焼失、嘉永元年(1848)第25世浄真院日誠により再建された。
  昭和58年11月、第34世智寂院日照は本堂の昭和再建を発願し、檀信徒、法縁314名の浄財により、無縁墓地、納骨堂、歴代住職の墓地の造成、寺域の整備等を併せて施工し、本堂は昭和61年(1986)5月に上棟、同年12月に完成し、昭和62年10月10日に落慶法要を奉行した。


※関係者以外の方は、立ち入ることをご遠慮ください。

▲参道

赤染部氏墓は蓮光寺の墓地中にあります。

 森忠政が美作入国の時、美濃から津山に移住し、津山城の瓦を製造し、初代九郎坐左衛門は30人扶持と瓦工場を藩から与えられました。松平藩になってからも城の瓦製造を引き継ぎ命じられ。森・松平藩の藩御用瓦師を務めました。

 城東地区にある13の小路の東端にある「瓦屋小路」は赤染部氏の屋敷と瓦工場があったことに由来しています。

▲山門のさくらが見事

▲入り口にあるお宅のさくらも見事です。