福泉寺

▲法光山 福泉寺
縁起
薬師如来(医王)が御本尊にて且て森公、松平公の御典医の信仰が厚かった。現今に至るまで衆病平癒、心身安楽、施無畏(せむい)、安産の祈願がなされている。又山門正面の立江(たちえ)地蔵堂には行基菩薩が一刀三礼して刻まれたと伝えられる、西向立江地蔵大菩薩(木彫五尺)が祭られ、左手の宝珠は天地に蔵する宝物を授け、右手の錫丈(しゃくじょう)は交通安全、厄難消除、福智円満、進学外諸々の祈願をされる参拝者が絶えない。(情報提供:福泉寺)

▲本堂

 法光山福泉寺は元和9年(1623年)後水尾天皇の御宇、名僧真快上人により当地に御開創される。

「築城7年後に町づくりの一環となる。その後、延宝8年(西暦1680年)本堂本殿を建立。そして、文政11年(西暦1829年)第12世源覚上人により再建立す。

平成4年第19世光雅住職代に本堂新築、山門・境内・伽監整備する。ご本尊は薬師如来(秘仏・蓮華座に座像)を安置し、身と心の病を取り除き、福を授ける本願ありと昔から信仰が篤い。

「地蔵堂」は山門より正面のお堂が地蔵堂である。享保14年(西暦1729年)第5世快盾上人の代、行基菩薩が一刀三禮して(秘仏・西向立江地蔵尊)刻されると傳えられる。左の御手に如意円満の宝珠を御持、御右手には穴大(地・水・火・風・空)無碍の錫杖を握らしめ福智円満にして商売繁盛・厄除消徐・延命長久・珠には、子孫繁栄の広大なる福授功徳を示現し給える御姿なり。両脇の厨子には、右の文珠菩薩・左に観音菩薩がまつられている。

 当時、交通の唯一の手段である吉井川の高瀬舟の安全と貨物の交流を盛んにし、津山の繁栄の祈願所として大切にされた。3世(過去・現在・未来)の救いを求めて参詣者絶えぬ。(資料提供:法光山 福泉寺)

2009.9.20


【霊場】長岡霊場・苫津霊場・美作88ヶ所霊場

【縁日】

・ご本尊薬師如来 毎月8日

・立江地蔵菩薩 毎月24日

寺宝・文化財
・半鐘
・鰐口


法光山 福泉寺

津山市西寺町46

▲山門

▲庫裏

▲客殿

▲地蔵堂

▲お地蔵様

▲地蔵堂