壽光禅寺

▲臨済宗妙心寺派 西巌山 壽光寺の略縁起

 当寺は元、鳳翔山景徳寺と称し、元和元年(1615年)の創建と言われている。

開山は鎌倉円覚寺の僧であった庭恕和尚、開基は津山藩城森忠政の叔父、森可政(竹林院殿普隠智賢居士)で、森家(西宮市在住)の墓碑は当寺墓地の西側中央部に数基あるが、その中に可政の墓碑は見当たらず、また何処にあるのかも知らない。

 当寺5世盤海和尚の代、宝永年間に至って、松平綱国は継母と共に当寺へよく参詣しており、継母が逝去するとその遺骸を本堂裏で火葬にしたが、その跡に盤海和尚が地蔵尊を建立して供養した。この地蔵は現住清堂和尚が、墓地整理の際に、本堂前の無縁墓の中央に移している。

 尚、綱国の祖父に当たる松平忠直(元、越前宰相)が、豊後の国で逝去しても、確かな菩提寺が無かったので、当寺へ祀ることとし、忠直(西巌院殿相誉蓮友大居士)と継母(立長院殿雲嶽寿光大姉)の戒名より寺号を西巌山壽光寺と改め、忠直以降の松平家霊牌を祀堂仏壇に祀っている。

 当初は36俵、後に3人扶持の加増があり、合計52俵5升を年々下賜されていたが、明治2年廃藩後中絶した。

 本堂(31坪)は改築の記録が無いので、ほぼ創建時のままではないかと思う。玄関(14坪)と庫裏68坪)は当山10世顕州和尚の代、文久2年(1862年)に再建されている。鐘楼は明治45年(1912年)4月に建立されたが、梵鐘は昭和20年に戦時供出されたままである。(情報提供:壽光寺)

2009.9.19・20

▲鐘楼


 当寺の本尊は聖観世音菩薩であり、鐘楼の北にある鎮守は天神様である。

現在の住職は当山13世清堂大徹(昭和21年就任)である。

▲天神様


森 可政(もり よしまさ)の墓所(位牌のみ)。戦国時代の武将。


臨済宗 壽光禅寺

岡山県津山市西寺町101

電話0868-22-7764

▲境内

▲本堂

▲顎

▲境内

▲白壁が美しい通りにあります。

▲山門

▲境内から山門を観る

▲庫裏