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旧久米町の「文化と歴史」

旧久米町の文化と史跡

1.阪神淡路大震災が契機に・・・
・倭文地区が中心に歴史や史跡を調べる。
・田舎に誇りがもてるようになる。
2.地名は歴史遺産であり、文化財である
・糘山は"糘山"である。決して"久米山"ではない。
・糘山は県下有数の遺跡集中地であり、全国にその名は知れている。
・"久米"や"倭文"からその歴史がわかる。
・"久米"は軍事的な目的で配属された久米部(久米氏)にちなむもの。
・"倭文"は日本古来(倭)の織物(文)である倭文織(倭文部(倭文氏))の生産地である。
3.久米仙人と久米の皿山
・2つの久米仙人伝説(久米寺・美作)
・久米氏の本拠地は、橿原市久米町(久米寺・久米御県神社)である。
・美作や久米のさら山さらさらにわが名は立てじ(絶えじ)よろづよまでに。
・貞観の大嘗祭で美作が主基となる。
・久米のさら山はどこか?(神南備山・篠(笹)山・嵯峨山)
4.数多くある古代遺跡
・領家遺跡の炭化米、曽根田遺跡の環壕など。
・古墳・・・三成古墳、奥の前古墳、糘山の群集墳など、陶棺など。
・貴重な出土品(タテハギ板革綴短甲(日本で3例目)、蛇行剣(二十数例)、銅わん2(百例)
・久米廃寺と宮尾遺跡(久米郡衙)
・日本最古級の製鉄遺跡 大蔵池南遺跡
・96本の鉄穴流し遺構
・古墳へのカナクソの供献
5.上賀茂神社(京都)の荘園と賀茂競馬(1093年始まる)
・里公文、高屋、庄司等の名が今も残っている。
・賀茂競馬(葵祭の前儀、5月5日)に実施のため競馬料や野生馬を納める。下賀茂神社では流鏑馬(5月3日)をおこなう。
・倭文庄の馬が今でも一番重要視されている。
6.浜田藩(のちに鶴田藩)の中心地は倭文地区である
・城・侍屋敷を焼き美作の飛領地に藩が移る(4100人)
・藩の中心(藩主の居館、藩庁など)は倭文地区にあった。
・藩主の居館は大庄屋の福山邸(現近光邸)から西御殿へ。
・藩士とその家族は各農家に入る。
・教育に大きく貢献した(教師が多い)。
7.倭文織(幻の織物)復元の取り組み
・日本古来の織物ー錦織(秦氏)や綾織(東漢氏)は外国から。
・皇族、貴族、神社等で使われていた気品の高い、美しい色彩の布。
・今、復元に取り組んでいる。
・宮部焼、宮尾天神の復活を。
8.遺跡は公園のように整備されていなければみんなのものにならない(平城宮跡資料館の説明板から)
・史跡・遺跡を整備し、案内板を設置している。
文:倭文地区歴史と文化を語る会・史跡保存会(筒塩)