成道寺(浄土宗)

転法輪山 成道寺(浄土宗) 本尊阿弥陀如来(聖観音)

江戸時代初期の慶長9年(1604)に初代津山藩主の森忠政建立した浄土宗のお寺。松平藩に代わってからは重臣たちの菩提寺として栄えたが、たびたび火災に遭い、現在の本堂は江戸時代中期に再建されたものと伝えられている。
この寺の門は明治39年(1906)に明治維新後の津山藩庁や後の北条県庁の門として使用されていたものを現在地に移築したもので、北側に番士小屋が設けられています。市指定文化財。(2009.1月取材)

▲成道寺

▲通用門

▲山門

▲この瓦は江戸時代のものだそうです。

▲真横から望む

▲山門の言われ。

▲番士小屋

▲成道寺の外から山門を望む。

▲成道寺の中から山門を望む。

▲山門にも部屋がついて

西東三鬼句墓碑

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▲西東三鬼生誕の地横の柿が美しい。


本堂南に広い墓地があり、ほぼ中央に俳人西東三鬼の句墓碑」「水枕がばりと寒い海がある」の有名な俳句が刻まれている。

▲西東三鬼

三鬼が詠んだ作品

・父のごとき

夏雲立てり津山なり

・花冷えの
城の石崖 手で叩く

▲在りし日の生家(南新座)


転法輪山 成道寺

所在地 / 津山市西寺町18

TEL (0868)22-3981

駐車場 / あり

▲西東三鬼句墓碑

▲西東三鬼の両親のお墓

▲西東三鬼生誕の地裏側を橋の上から望む。

▲西東三鬼生誕の地は成道寺から歩いて2分くらいの南新座にある。

「枯蓮のうごく時来てみなうごく」
昭和21年、奈良・薬師寺で詠んだ作品。
旧門下たちが惜しみ、三鬼が移り住んだ同町内に句碑を建てた。

▲看板

▲西東三鬼が両親の墓に

▲西東三鬼の書

▲玄関


西東三鬼

明治33年生れ、津山市の墓碑に、平畑静塔はつぎのようにしるしている。「津山市南新座に生る。本名斎藤敬直、昭和9年同人誌「走馬燈」に加わり新興俳句運動に参加(中略)。昭和23年山口誓子を擁し、「天狼」を創刊、現代俳句の確立に率先す。その間「雷光」「激浪」「断崖」誌に門下を指導して尽きず、昭和31年綜合誌「俳句」の編集に当たり東都俳人と交ること深し、後胃癌を病みて昭和37年4月1日遂に起たず。齢61。著す句集「旗」「今日」「夜の桃」「変身」「西東三鬼句集」等あり」
実務的な閲歴を補っておくと、日本歯科医専を卒えてシンガポールで開業、昭和3年帰国して東京大森に住み転々と職をかえたが、戦後は大阪女子医大付属病院につとめた。昭和31年上京してもっぱら俳句のことに従った。
1992年、津山市は俳句の西東三鬼賞をつくりました。