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八出天満宮

八出天満宮の縁起
 菅原道真公が御祭神。古来この地に残る言い伝えによると、「天安元年(857年)美作の国司として赴任しておられた父是善が、この地に流行っていた疫病に罹り、父の病を心配した若き日の道真公(吉祥丸)が、遠く京都から見舞いに来られた。しかし、父の病はすでに平癒していたので菅公が安心して 帰ろうとしたところ、里人が別れを惜しんで、この地に留まるよう懇願した。そこで菅公は、この地の観音寺に留まって木工に命じて自分の木像を彫らせ「汝この像を見ること吾を見る如し」と、里人にこの木像を渡して京都へ帰られた。

 里人は凛々しく徳高い若き菅公を慕って祠を建て、この木像をお祀りした。菅公がこの地に八日留まって出立されたので、この地を「八夜御出村」と呼んでいたが、後に略して「八出(やいで)」と言うようになった。

 このような全国の天満宮の中でも稀な縁起と最古に位置する起源を持つ由緒あるお宮である。
 歴代の領主は天満天神(道真)への畏敬から、自らの庇護神として或いは領内安寧のための「厄除・除災」の神として八出天満宮を手厚く御祀りしてきた。また、広く美作地方一円の人々からは古来「学問の神」「書の神」として崇敬され、信仰を集めてきた。
 八出天満宮本殿は文禄3年(1594年)火災により焼失したが、難を逃れた御神体を小社で祀っていたものを森忠政によって慶長年間に再建され、さらに寛永14年(1637年)津山藩第2代藩主森長継により新建立されたのが現在の本殿である。津山市内に現存する寺社としては、森家の菩提寺である本源寺に次いで古く(平成15年、棟札の発見によって建造年代が判明し、同年9月津山市の重要文化財に指定された)歴史的にも貴重な建造物となっている。

(2009.5.15取材)八出天満宮保存修理事業完成奉祝祭天神様の夏祭り!湯立神事

▲拝殿から鳥居を見る。途中には梅の木が植えてあります。

▲重要文化財柱

▲第一宝物殿(元神輿倉)

▲本殿の扉

▲ 手水舎


雨漏りする拝殿をはじめ、本殿もとても傷んでいます。平成23年に本殿を中心に主要な部分の大改修が行われるそうです。(只今、そのための寄附を募っておられるそうです。)


▲近所にある大きな榎の木です。


八出天満宮の祭礼
御祭神 菅原道真公(845〜903年)
・祭礼日 平成21年は次のように執り行います。
合格祈願祭:1月24日(土)・25日(日)
夏祭:7月26日(日)湯立て神事
秋祭:10月25日(日)神事・御神幸
新穀感謝祭:11月23日(金)
天神様の日:毎月25日(道真公の御命日)


八出天満宮

津山市八出357

▲神門

▲拝殿

▲菅原道真と言えば牛

▲本殿へ行く回廊(幣殿)

▲本殿を横から見る

▲回廊(幣殿)

▲本殿もかなり痛んでいます。

▲本殿の扉

▲大相撲の番付表でしょうか?

▲絵馬

▲絵馬

▲鳥居から観る

▲由来看板

▲第二宝物殿(神輿倉)

▲末社神

▲末社神

▲末社神

▲末社神

▲末社神

▲拝殿の横に合格祈願などの沢山の絵馬が奉納してありました。

▲雨漏りして破損したものもありました。

▲絵馬