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津山洋学資料館(展示物)

こちらは旧館の情報です。
現在は新館(こちらのページです)へ移設されています。

洋学資料館(建物)洋学資料館(展示物)

▲洋学とは何か?

▲ 久原躬弦画

楠公奏問図

▲蘭文の書かれたふすまの下張り

津山市内の民家からふすまの下張りとして発見されたもので、幕末ごろに筆写された2種類の文法書と医学書。ふすまの下張りからこのような資料が見つかるケースは珍しく、津山における蘭学のすそ野の広さやレベルの高さがうかがえます。

▲華岡青洲肖像画

日本で初めて麻酔を使った乳がん摘出手術を成功させた彼のもとには、その技術を修得しようと全国から多数の入門者が集まりました。美作国出身の入門者は27名いたことが確認されています。(山田信夫氏寄託)

▲箕作阮甫が着用した裃

▲経絡人形
「経絡」とは、漢方医学におけるツボの筋道を指す。ツボの配置と筋道を示してあるのがこの人形で、鍼灸治療のうえで欠かせないツボの配置の修得などに利用された。(山田信夫氏寄託)


「日本における近代科学の生みの親」

▲宇田川榕菴の「植学啓原」は、わが国最初の植物学書です。
榕菴が西洋には植物学があることを知り、花粉」「」「柱頭」などの言葉を作りながら著わしたものです。また、「酸素・窒素・炭素・水素」などの元素名や「酸化・還元」など化学反応を表す言葉。

コーヒーの効能をまとめた小論や温泉の成分の分析、西洋音楽の音律について調べたり、西洋スゴロクやトランプを模写したりしています。


宇田川榕菴の父、宇田川玄真の翻訳した解剖学書「医藩提綱」は医学書としてベストセラーになりました。またリンパ腺の「腺」膵臓の「は玄真が翻訳に当たって考案したものです。

▲津山藩医宇田川榕菴のメモから抜粋したものです。当時の洋学者が夢中になって、西洋の文物に取り組んでいた様子が偲ばれます。

▲宇田川榕菴が模写したオランダ王国軍装図鑑譜。

▲洋学資料館展示室

▲有名な「解体新書」

▲津田真道がライデン大学のフィッセリング教授の講義筆記を翻訳した。

▲乳癌図
文化14年(1817)写、文化元年(1804)に麻酔薬・通仙散を用いた乳癌手術が、華岡青洲によって執り行なわれた。これは乳癌の手術を記録したもので、青洲の高弟であった備前金川(御津町)の難波抱節の家塾「思誠堂」で筆写された。(山田信夫氏寄託)

▲外科医術絵巻
外科治療の様子を描いた絵巻物。
津山藩医久原家に伝来し、華岡塾から持ち帰ったものと言われます。華岡塾で学んだことが確認できる玄順・宗哲・洪哉のうちの誰かが持ち帰ったものと思われます。(久原良躬氏寄託)

▲外科医術絵巻

▲外科医術絵巻

▲産科療要
表題は「産科療要」とあるが、本文の巻頭には「婦人療要」と記載される。序文に「文化乙亥(文化12年-1815)之春」とある。(原村玉樹氏寄託)

▲オランダカルタ

宇田川榕菴がトランプを模写したもの。

▲お土産用のトランプ

▲寛政10年(1799)正月に当時の蘭学者80名を相撲番付に擬してランク付けしたものです。津山藩医宇田川玄真が現役ではトップの東大関として名があがっているところをみると、彼の評価がうかがえます。

▲「新製輿地全図」

箕作省吾が刊行した世界地図

天保15年(1844)刊。

「新製輿地全図」は坂本竜馬がいつも眺めていたそうで、「坤輿図識」は井伊直弼、桂小五郎、吉田松陰など多くの人に読まれたそうです。

▲杉田玄白の手紙

▲箕作阮甫の編集した医学雑誌

(仁木弘氏寄託)

天保7年(1836)〜天保12年(1841)刊。

▲舎蜜開宗(せいみかいそう)
日本で最初の化学書です。
これらによって「酸素」や「水素」、「元素」などの用語が作られました。
今、小中学校でも習っていますね。

▲蔵志
山脇東洋著、宝暦9年(1759)刊、宝暦4年に京都で行った人体解剖の記録。(仁木弘氏寄託)

▲仁木家伝来の医療器具。

▲オランダの軍事技術書の翻訳

−海上砲術全書

▲紅毛雑話
天明7年(1787)刊、桂川甫周の実弟である森島中良の著作、オランダ商館長に質疑した内容や兄甫周のもとに集まった蘭学者たちの話題をまとめたもの、蘭学草創期の最も優れた啓蒙書の一つ。宇田川玄随が跋文を寄せている。


※この他、面白い沢山の資料が展示してありますので、津山人なら是非行って見てください。オススメ!