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くらやさんと鶴山公園

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●くらやさん

2010年5月2010年9月
▲稲葉浩志さんのお兄さんが社長をされている「くらや」さんです。もしかしたら稲葉社長にお目にかかれるかも。08.3月

▲衆楽雅藻です。

衆楽園」は森家二代藩主長継公が京都より庭師を招いて作った庭園で藩主の別邸として、また他藩の使者との対面所として使用された所です。

江戸初期の広域回遊式の典型的名園で、曲水の宴をはじめ書画の庭が開かれていました。この催しの情景等を収録して「衆楽雅藻」と題し木版画にして今に伝えられているそうです。

くらやさんの全景です。

▲前の道路にはさくらの木が沢山。お花見もできます。

▲いちご姫大福はB'zのスタッフの皆さんのお気に入りだそうです。

▲喫茶メニューです。

▲いちまは年間通して人気だそうです。

▲1階の喫茶です。二階はギャラリーになっています。

▲可愛い幼稚園のバス。

▲お店の入り口に。

▲お隣は無印・鈴鹿屋さんです。

▲くらやさんの前にある面白い樽の建物。

●津山市沼77-7 ●電話/0868-22-3181●駐車場40台●営業時間/AM8:30〜PM7:30●定休日/水曜日(不定休)

 ●鶴山公園について

2004年5月22日、津山城築城400年記念イベントがありました。

また、2003年には第6回津山国際総合音楽祭も1年遅らせて記念事業として盛大に執り行われ、三枝茂章さんが コンポーザー・イン・レジデンスとして 期間津山市に滞在されました。第3回音楽祭では稲葉浩志さんもメッセージを寄せてくださっています。

▲朝早くからお世話されていた 稲葉伸次さん(向かって左)、上森さんです。

イベント歴史時代絵巻のハイライトとして、およそ16トンの大石を曳きました。公募で集まった市民の皆さんをはじめ曳き手は総勢150名。石の上で音頭とり(タカラ産業)や南蛮人、石奉行も登場させ、築城にかかわった先達の労苦や当時の様子をシンボリックに再現。

2004年4月1日には、築城400年の記念イベントもあり、さくらで有名な鶴山城跡の入口で婦人部、保存会の皆さま、お揃いのきもので津山おどりを披露してくださいました。賑やかで、艶やかなおまつりでした。

彩装きもの学院主催のイベントでは若いお嬢さん方が沢山きもの姿で歩いていました。

桜の名所でもある鶴山公園の桜を私財を投じながら地道に植樹を始めた福井純一の看板。ひとりの青年の津山への思いと行動が多くの市民の心を動かし、現在のような桜で美しい鶴山公園となったそうです。
私自身も、もっと多くの人が津山を知り、津山に集まってくれるよう活動していこうと思います。

鶴山公園では、津山城本丸備中櫓の復元工事が行われ、平成17年の3月下旬頃には明治の取り壊し以来、約130年ぶりに姿を現しました!!

鶴山公園は石垣とさくらで有名です。


衆楽園は、江戸時代初期に津山藩主・森家によって築造された回遊式の庭園です。元禄11年(1698)に松平家が藩主となって以後幕末までは、家臣や他藩・他家からの使者を謁見するための「御対面所」、または藩主の隠居所の庭園として使われ、明治3年(1870)に「衆楽園」として命名されました。 大名庭園としての国の指定は、岡山市の後楽園に次いで岡山県下で2例目です。
今は一般開放(入園無料)され、四季折々の美しさを見せ、市民や観光客に親しまれています。


夜景もきれいですよ。

くらやさんのぼんぼりがあります。


稲葉伸次さんは、ごんごまつり等の街づくりイベントで大活躍されています。


明治11年10月11日、津山市本町三丁目で生まれた洋画家 赤松麟作さんの末娘は元文部大臣の赤松良子さんです。
「夜汽車」で有名ですね!この年は赤松麟作さん没後50年でした。 津山出身の画家、赤松麟作の絵「夜汽車」(明治34年作、東京芸大所蔵)

赤松麟作さんが描いた娘。