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森本家とキリスト教図書館

森本家と基督教図書館歴史民俗館2階第1室歴史民俗館2階第2室伊藤祟人「津山スケッチ画展」| その他、

つやま自然のふしぎ館津山郷土博物館は、お得なセット料金になっております。

▲ 晩年の森本慶三さん

森本慶三さんは、1875年(明治8年)津山城下の商人錦屋に生まれました。
生きる悩みからキリスト教徒の内村鑑三を知り、上京してその教えを受けました。やがて家業を継ぎ、津山銀行の役員をしながら、岡山聖書研究会の講義を毎月続けました。

▲ ギリシャのイオニア様式の津山基督教図書館

昭和元年に森本慶三さんがキリスト教の伝道と、津山に図書館がなかったので建てられたものだそうです。殿様からいただいたご褒美や錦屋の残ったものを財団法人にして博物館と図書館の中を使って歴史民俗館を作った。


津山基督教図書館が開館したのは大正15年。

森本家は、錦屋を屋号とし、伏見町で呉服商を営む津山藩の御用商人だったそうです。先祖・森本儀太夫(永禄6年<1563>生まれ)は加藤清正の重臣で熊本城下に居住しており、その弟一族が津山藩主森忠政に召されてこの地に土着し商人となり、藩主森家・松平家に仕え、町年寄、札元などを勤め藩政の御用にあたってきた家で、9代目の藤吉さんは津山銀行頭取(明治12~42年)や町会議員を務め、町の発展に尽力されました。(呉服商の店は明治42年まで続けられていたそうです。)

藤吉さんの子・慶三さんは、明治33年、両親に無断で内村鑑三に入門しようとするが、最初は断られ、のち、両親の許可を得た上で入門を許され、東京帝国大学農家大学に学び、内村鑑三が日曜日に自宅で開く聖書講義に毎週欠かさず出席し、その教えに共鳴し、明治34年には洗礼を受けてキリスト教に入信。明治44、45年には内村鑑三を津山に招き、聖書講演会を開くなどキリスト教伝道に努めたそうです。


▲東側

内村鑑三の教えに生きた森本慶三さん。

師の内村鑑三は日露戦争に反対し、非戦を説きましたが、森本慶三さんも信仰の立場から生涯非戦平和主義を貫きました。
1926年、津山キリスト教図書館をつくり、戦後は定時制高校を開いてすぐれた人材を養成し、地域の教育の向上につくしました。
また、自然への関心の大切さを説き、貴重な資料を集めた科学教育博物館をつくりました。
1959年、津山市から文化功労賞受け、名誉市民に推されました。

わたしたちの「津山の歴史」より抜粋

津山基督教図書館勝部分館

▲登録有形文化財のプレート

▲図書館の貸し出し用カードボックス

▲今でも残っている当時のカード

▲歴史民俗館入り口

▲図書館の講堂だった。

津山基督教図書館は、戦時中一時期、平和思想を宣布する反戦施設として憲兵隊に接収された。そして、戦後、津山基督教図書館高等学校(昭和25~57年)が開かれる。この学校は夜間高校で、30余年の間に約3,200名の卒業生を送り出したが、時代とともに、夜学に通う生徒も少なくなり閉校となった。増設した校舎は、現在、つやま自然のふしぎ館の展示場として使われている。


▲内村鑑三自筆の書


森本慶三記念館(旧津山基督教図書館) ・1926年(大正15年)森本慶三により建設  (設計・施工は当時弘前在住の教会建築士 桜庭駒五郎氏) ・基督教関連図書、歴史・哲学、理工学等8万冊の蔵書を有す ・1998年(平成10年)文化庁の建造物「有形登録文化財」に指定 ・2003年(平成15年)図書館業務を休止、建物と蔵書の管理を行う ・木造2階建(尖塔部4階)延床面積約880㎡


歴史民俗館(森本慶三記念館内に設置) 主な常設展示内容 ・呉服商(錦屋)の商い風景 ・錦屋所蔵の調度品(のれん、陶磁器、汁器、家具、軸、ひな飾り等) ・幕末~明治の洋学資料(キリシタン燭台、木製望遠鏡、12支時計等) ・津山藩からの拝領品、関連資料  (葵御紋入文箱、天目茶碗、各種汁器、とうろう、天守閣の瓦等) ・日本各地の絣(幻の作州かすり)・紬類 ・森本慶三と恩師 内村鑑三の関連資料