城東昔町家(梶村邸)

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今から310年前の元禄時代(江戸時代)に建てられた町家です。この梶村家は、茂藤籐右衛門(しげとうとうえもん)が、1767年(明治4年)に津山藩から「札元」(今の銀行)を命じられ「藩札」の発行をしていました。

その前までは、吉井川を行き来していた「高瀬舟」のいろいろな品物を取り扱っていたらしい。


この家の特徴は、広さ間口31.5m、奥行34m、1,071㎡(約300坪)で、主屋は江戸時代の終わりの建物です。

西側の部屋は明治時代に建てられました。

北側の2階建ては、洋館も含め、大正時代に建てられました。

▲蔵が2つあり、東蔵は大正時代・西蔵は昭和時代です。このように江戸・明治・大正・昭和の各時代の建物が一つの屋敷内にある変化に富んだ町家です。

今の蔵の前には、江戸時代にあった蔵の土台石が残っています。

▲中庭

町屋敷のなまこ壁の蔵、泉水のある庭、茶屋風の風流な屋敷など見どころががいっぱいです。

▲玄関口を入ると土間があり、人力車が置いてあります。

▲中庭の井戸


城東むかし町家(旧梶村家住宅)【無料】
江戸後期から昭和初期にかけての城東地区を代表する屋敷として大切に保存されています。間口31.5m奥行34mで、江戸後期に建てられた主屋から昭和初期の西蔵まで、時代の生活様式に対応して改良され、各時代を生き抜いてきた姿をそのままのこしています。

▲城東むかし町家(梶村家)は江戸時代苗字帯刀を許された津山藩の「札元」両替商といった豪商の家柄で、のち皇族の方もお泊りになった大変格式のある家です。

▲中庭

▲土間の上にひっそりあったかご

▲お茶室

明治時代に、梶村平五郎という人は県会議員でしたが、短歌が大変得意で、この茶室で短歌の勉強をしていたそうです。

明治42年には「歌会始」に入選しています。またこの茶室は「千草の舎」(ちぐさのや)と言われています。

▲1階座敷

▲1階座敷。天井には屋久杉が使用されているそうです。

▲「窓ガラス」を見てください。

ゆがんで見えます。これは手作りガラスで今では大変めずらしいものです。

出雲街道を歩いていると、この様なガラスがありますので探してみてください。

津山市東新町40番地

電話番号/0868-22-5791
開館時間/9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日/火曜日(祝日の時は翌日)・12/29~1/3

▲入るとすぐ右が作州がすりの機織り機や平成9年にNHK朝の連続ドラマで「あぐり」のロケ地となり、全国に放映されました。その時の写真などが展示されています。

▲皇族の方も泊まられた部屋(2階)

▲2階お茶の接待用のスペース。

▲母屋の出入り口は、手動式のシャッターがついています。表大戸は、横に引くのではなく上にあげた。(2階建てで可能)普通の町家では、はね上げ戸や引き戸です。

この昔町家は、大きな商売(津山藩の「札元」)をしていた豪商です。

▲蔵の2階は写真で見る歴史館のようです。梶村の歴史がいっぱいです。

▲明治~大正期にかけて城東きっての豪商梶村家の屋敷跡を一般公開しています。梶村家は、旧藩時代茂渡といい、札元をしていたといわれています。

▲皇族の方もお泊りになった時の様子も。戦前、陸軍の日本原演習の時期、梶村邸には連隊長や師団長官などが宿泊していたらしい。