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萬福寺(高野本郷)と堀内三郎右衛門

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萬福寺(津山市高野本郷)2012.1.14日取材
本部から「92歳の本当に困っている老祖を助けてあげてほしい。」と言われ、33年前にご夫婦で来られたそうです。「このお寺は旧市内から分寺してここに来られたのだと教えてもらいましたが、このお寺の詳細は分かりません。」とおっしゃっておられました。万福寺では、堀内三郎右衛門のお墓があって、小中学生が授業で見学に来られるそうです。墓には「堀内三郎右衛門 君碑 法学博士 平沼 淑郎(よしろう)」と刻んである。今は檀家の人たちと堀内三郎右衛門一族のお墓を大切にお祀りしておられるそうです。(この他、堀内三郎右衛門の妻光井傳(でん)が元禄13年に奉納した燈籠が高倉神社にあります。また、農民の窮状を救おうと、命をかけて強訴におよんだ指導者8人の霊もいわゆる千人塚で供養回向されている。田中角栄氏が書いた義民の碑も高倉にある。)


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長雲寺

 医王山 薬師院 長雲寺縁起
 往古、聖武天皇の御代に、行基菩薩の建立されし東漸寺(当時の東百メートルに地名が残る)は尼子・毛利の争いのため灰燼に来す。その跡地に残りし薬師如来像を運びて薬師堂を建立す。
 寛永元年(1624)備中の僧西乗院この地に来りて1寺を構え、いくばくもなくして帰る。同3年(1626)僧円寿、住職し、医王山長雲寺と号す。明暦 3年(1656)津山城主森長継公の女が眼病にて参詣祈願し利益を得て平癒す。よりて長継公堂宇を新築寄進す。爾来、賽者多く、世人伝えて出雲一畑薬師の 分身なりという。毎月8日の本尊縁日には終日参詣者が絶えない。
・本尊/薬師如来、脇侍 日光菩薩、脇侍 月光菩薩、脇侍 十二神将。本尊薬師如来の脇侍ならびに守護神にして、本尊如来の両脇に祀る。特に十二神将は薬 師如来を信修する者を1年間1躰ずつ開扉す。

・鎮守堂/本尊摩利支天。南岸の石山寺の摩利支天と対峙し、武運の守護神として尊崇さる。寛政11年(1761)に逝去されし武人、東常直も当山鎮守堂の施主なり。(当時の位牌有り) 別尊、三鬼大権現。養蚕の神として尊崇さる。
・石仏三十三観音/参道の両脇に祠られおりしを、大正年間、本堂裏に移し祠る。お堂巡りをし巡拝すれば、西国三十三ヶ所の巡拝すると同じ功徳を得るといわる。
・石仏/腰折れ地蔵(石段下の堂に祀る)いつの頃よりか、腰を病む者に御利益ありと詣ず者多し。地蔵に詣でし後、地蔵の腰紐を借り、御利益を受くれば、新 しき紐を倍にして返す。 地蔵常に新しき紐を多数諦めてござる。(2010.1.16取材)

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