2013年「里山庭園」のもみじ
高野山西にある里山庭園のもみじ、2013年11月14日と21日のもみじの様子です。
このもみじは昭和50年11月牧義夫氏が木丈30cm位の苗木を移植したものです。
2012年の様子はこちら 2009年の様子はこちら
高野山西にある里山庭園のもみじ、2013年11月14日と21日のもみじの様子です。
このもみじは昭和50年11月牧義夫氏が木丈30cm位の苗木を移植したものです。
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2013年11月23日(土)・24日(日)津山城(鶴山公園)の見ごろを迎えたもみじです。この日は「ご当地グルメ・フェスティバル」があり、岡山県北一帯の美味しいグルメが大集合しました。また、同時に津山城探訪ツアー、ちびっこ広場、マリオのミュージックライブ、美作国大茶華会など沢山のイベントもあり賑やかな両日となりました。
宮ヶ峪集落の東、農免道路(市道NO66号)沿いの八幡山に八幡神社があった。東作誌には「本社四尺四方、南向き、鳥居あり」と記されている。
山頂に本殿の敷地と思われる平地があり、農免道路ができる前は石段もあったと伝えられるが、氏子として祭祀に当たっていた地域や改廃の時期等については不明である。(2013.6.14取材)(文:高倉の歴史と文化財より)
昭和61年に、県道押淵・皿線の改修工事に伴い発掘調査された古墳で、古墳時代のものです。6世紀終わりから7世紀にかけて、5回の追葬が行われ、土器・鉄刀・耳環・紡錘車・陶棺などが発掘されました。(情報提供:さら山ビジョン研究会)2013.10.30取材
この古墳は剣戸13・14号墳が正式な名称ですが、330年程前キリシタンと共に幕府から弾圧された日蓮宗不受不施派の信徒である佐伯の本久寺の住職日勢 聖人がこの古墳を最期の地と定め閉じこもりました。この話が伝わり、建部の4人の女性が共にこの古墳で最期を迎えたことからこの名で呼ばれています。(2013.10.30取材)(資料提供:さら山ビジョン研究会)
矢田の神田哲一宅の西の山間に矢田の荒神社とお籠り堂がある。江戸時代から祀られていた荒神社で、荒神上・荒神下の字名にもなっている。
現在の社とお籠り堂は平成元年に改築されたもので、矢田組合と宮ヶ峪・前田・西谷下組合の一部が氏子として管理し、6月の下旬に高倉神社の宮司を招いてお籠りを行っている。(2013.6.14取材)(文:高倉の歴史と文化財より)
上村朝吉神社(上村字王子屋敷)祭神 下照姫命御旅所。
字キロロ659番地の野に在り「明治五年九月十六日朝吉神社御輿、始メテ此ノ地ニ渡り爾後、御旅所ト称ス」と神社誌にある。
祭礼は昔、加茂郷の五社の一社として鴨神社(現西加茂神社)を中心に烏居野(中村)に神幸したしたと伝えられ、明治五年に神輿を新調しキロロ野を神幸行を神幸したと伝えられ、明治五年に神輿を新調しキロロ野を神幸行事を復活して現在に至っている。
つやまギャラリー「郷土の画人たち」展が2013年11月1日(金)~11月7日(木)津山市立久米図書館 展示ギャラリー(久米図書館2階)で開催されました。
赤松麟作、内田鶴雲、河井達海、庄野ヒカルさんが津山で育っています。今回のつやまギャラリーは、津山郷土博物館の所蔵品からこれらの画人たちの作品を紹介。(主催:津山市教育委員会生涯学習部文化課説明文より)取材:2013年11月9日
2013年10月26日(土)取材
「第15回津山の民芸展」が2013年10月22~27日まで津山市新魚町のアルネ・津山4階地域交流センターで開かれました。「作州牛」をはじめとする民芸がずらりと並んで大勢の人を和ませていました。津山地域の郷土民芸品の展示即売もありました。(津山民芸協会主催)
内陣の観世音菩薩・鬼子母神・日蓮聖人は明治43年に中山法華経寺の百日大荒行 五行満行の日善上人よって勧請されており、開創は法華経信仰を貫いた日賢上人の霊感法力に縁る御祈祷ご祈願のご利益霊験灼な寺院です。平成4年に現在の地に新築移転された本堂は六間七間に三斗組を配し、二重織り上げ天井や二軒垂木を用い回廊を設けた本格的な建築様式。(2013.10.22取材/情報提供:妙宣寺)