2015年02月

安養寺の子ども会陽(美作市林野)

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 安養寺は1601年に旧美作町の北端、上相間山(かみやはしたやま)に建てられ、1697年に現在地である美作市林野(はやしの)に移されました。安養寺では、毎年2月第2土曜日の夜に勇壮な裸祭り、子ども会陽(3時から真木投下がある)が行われるとお聞きし行って来ました。
 この行事は、心身の健康と一家の安泰を祈るための行事で、別名「裸祭り(はだかまつり)」とも呼ばれています。境内では、ふんどし姿の子どもたちとともに父兄や多くの参拝者で賑わっていました。2015年は2月14日の午後3時から子ども会陽の真木投下が行われ、園児から小学6年生までの子ども達が、大人顔負けで真木を奪い合っていました。(2015年2月14日(土)取材)

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第9回 旧正月を祝う 「田町冬まつり」

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津山市田町の第9回 「田町冬まつり」~旧正月を祝う~が2015年2月15日(日)〔午後5時開始〕で田町 割烹よしひらにて開催されました。今回もステージパフォーマンス「NOBU and MISTY」による演奏があり、多くの人を楽しませてくださいました。また、食べ物コーナーでは餅つき(参加体験型)手打ちうどん、おでん、ネギ焼き・お好み焼き、鉄板焼き(焼きそば・かしわ)、殻付かき焼き、雑煮・ぜんざい、飲み物コーナーではビール、酒、焼酎、コーヒー、ジュース、お茶などが振舞われました。

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『今はなき幻の天神人形さまたち』展(M&Y記念館)

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 津山は菅原道真公とは縁がある地域で、八出天満宮の道真公とのいわれをはじめ、旧暦の3月3日には男の子の節句として天神様の土人形を飾る風習もあります。
 今回は、全国各地で廃絶した土人形のさまざまな形や表情の天神様が一堂に展示されました。〔1/24(土)~2/15(日)まで開催されました。〕取材2015年2月15日

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作州絣工芸館(西今町)

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 美作地方では、明治の初期から中期に倉吉絣の指導を受けて絵絣が入り、横絣の入った絵絣の絣織物が盛んに織られていました。津山でも「作州絣」として市販されましたが、時代の流れの中、一時的に技術保存者が絶えてしまっていました。
 近年、日名川茂美さんを中心にして「作州絣保存会」において復活が進んでいるところです。保存会では、「作州絣」を広く普及、織りの伝統的文化を継承するために、作州絣の歴史的資料、道具の展示をしながら、機織り体験、綿繰り体験、糸紡ぎ体験ができる実演機能を持ったスペースを設けています。また、作州絣を使っての小物販売、作品の販売をして、市民、観光客への宣伝活動、PR活動を行い、地域の産業・観光資源として工芸品の定着の推進を図っておられます。

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山王大権現(川中山王様)(押渕)

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川中山王
 吉井川が林田の南端落合で加茂川と合流し、横山小桁と日上の間を南へ金屋の渡船場に於いて、廣戸川と合流する。この辺から南は川幅も広くなり、東岸は和気山、西岸は長岡の山脈によって好風景を展開し、やがて八足ドロと呼ばれる押淵所属の河中の巖上に、山王の祠が祀られている。その景観は河水の浸食作用によって、長岡山の軟弱部分が流され、強硬な部分が河中にのこされた自然の大巖が島となったものであり、河中に突兀として聳立した奇硝の上に天然の樹木が翠影をもって粧うて居るさまは全く奇観であって、川中山王と唱え徂来人の眼をたのしませたものである。山王祠は天安2年小桁部落にある極楽寺の鎮守として祀られたと伝えられ、明治5年日吉神社と改称し、押淵神社の摂社となった。石の鳥居から峻岨な石段をのぼっての景観又絶佳、両岸の翠峰、吉井川の清流と共に全く画の如きものである。『美作史跡名勝誌』

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正仙塚古墳(高野山西)

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 山西の丘に、正仙塚古墳があります。
五世紀のころつくられたと、研究者永山卯三郎氏はいっています。
長い間に、古墳の上のもり土が雨などで流され、あらわれたのでしょう。ふたの石は、一枚石で、人の手で、たくみに加工されています。石棺の内がわは、べんがらがぬられています。
古墳の丘の大きさは、今ではくわしくはわかりませんが」、かなり大規模な前方後円墳です。
山西の人たちは、武塚古墳とも呼んでいます。

(文:高野小学校 むかし高野より)2015年1月25日取材

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浮世絵ー役者絵あれこれー

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つやまギャラリーⅢ2015年2月1日くらやアートホールにて津山市教育委員会主催の「浮世絵ー役者絵あれこれー」美作出身の医家が収集した浮世絵の中から、歌舞伎役者を描いた「役者絵」を展示。津山初公開のものを中心に選ばれたそうです。


国貞
 歌川国貞は江戸後期から幕末にかけて活躍した浮世絵師で、初代歌川豊国の門人です。五渡亭、香蝶楼、一雄斎、浮世又平、不器用又平など数多くの号を使いました。作画期間が長く、膨大な量の作品を残しています。

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