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梶並神社の奇祭 当人祭(岡山県重要無形民俗文化財)

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 2026年10月3日、美作市梶並の梶並神社で、生き神が参拝者の背をまたいで厄を払う奇祭「当人祭」(岡山県重要無形民俗文化財)が3年ぶりに執り行われ、大勢の人が無病息災を願いました。
 この祭りは、当人様(生き神様)が参道にひれ伏した参拝者の背中をまたいでいくもので、「またがれた者はその1年を無病息災で過ごせる」と言われています。今回は津山から参加し、その厳かな儀式を体感してきました。今年の当人様は、氏子で実行委員の富阪皓一さんが務められました。境内では神事のほか、作州神楽の八つの舞のうち「逆鈴の舞(さかすずのまい)」と「御手綱の舞(おたずなのまい)」の二つが奉納され、祭りを一層盛り上げていました。
(平成24年( 10月6日(土)の当人祭の様子です。)

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梶並神社(美作市梶並)2012.10.6

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由緒沿革

 そもそも梶並の庄は、岡山県の東北端にあり、北は峯続きに鳥取県に連なり、東は英田郡大原町・西粟倉村、降って作東町に接し、西は勝田郡奈義町に続いている。作陽誌の示す所によれば「元梶並庄は一村であったが、東谷・中谷・西谷と三村に分って居り、慶長以来叉十邑に分つ」とあり。
 梶並神社の創立は何れの時であったか、その真相をつかむ事は困難であるが、「美作国神社資料」によると〝或は伝う〟として推古天皇の十五年(六一三)丁卯春二月、山川幽明の霊地として高お神(たかおかみ)を祭り、郷土の鎮護としたものとなっている。
 本社には、次の諸神が奉祀されて居る。古よりの祭神は、高お神(たかおかみ)、相殿には、経津主の命(ふつぬしのみこと)、武雷の命(たけいかづちのみこと)、誉田別命(ほんだわけのみこと)(応神天皇)、息長足姫(をきながたらしひめのみこと)(神功皇后)、比賣大神(ひめがみ)
 次に境内社として祀られているものは
磯神社 少彦名命(祭日十月二日)
高良神社 武内宿弥(祭日十月二日)
稲荷神社 宇賀之御魂名(祭日十月二日)
 神々のうち、古より武雷命・経津主命が祭られているが、此の二神の首字をとって、神山を武経山と名づけられ、後になって武男山と改められたと伝えらている。(文:梶並神社誌より)2012年10月6日取材

岡山県重要無形民俗文化財 梶並神社「当人祭」2012

2006年の当人祭の様子

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岡山県重要無形民俗文化財 梶並神社「当人祭」

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神社の祭祀
 古代の祭祀については、知る由もないが、石奇清水八幡宮の勧請以来は、自他共に許した社格をもって、それまでの伝統をも活した祭事が行われた事は当然の事で、神社誌の考証等によれば、「放生会」や「御輿の渡御」「もこしまつり」等の行事が行われたと述べている。
ところで、「由緒」と沿革の中にも示している通り、戦国時代の終わり頃、社領が没収される等の事によって、祭典のしきたりも改めて行うというような結果となり、ここに頭(當)人祭と称せられる祭の様式がとり入れられたと理解すべきだろう。
 頭(當)人祭に就ては、当社に残る最古の記録として「八幡神社五度の祭年々頭人留置 享保十八年癸丑正月吉日」「社頭第一重職 横山 右衛門佐」と記された簿冊により、構成や様式、経過等について織る事が出来る。(梶並神社誌より)


岡山県重要無形民俗文化財
創建千四百年の歴史を物語る奇祭
梶並神社当人祭
平成24年10月6日(土)美作市梶並123梶並神社境内
当人様(生き神様)が参道にひれ伏した参拝者の背中をまたいでゆく、またがれた者はその一年無病息災であるという

(情報提供:梶並神社)

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