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津山武道学園設立記念式

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▲平成22年9月29日(水)19:00~21:00、会場:ベルフォーレ津山(アルネ7階)で津山武道学園設立記念式がありました。開会・記念式につづいて宇佐美里香さんが記念演武を披露。そして、「津山から世界へ~心を育てる武道とは~」と題して(講師:山本英雄氏、聞き手:近藤吉一郎氏)記念講演がありました。


学園目標:「豊かな心を持ち、たくましく生きる人材を育成する」
自己の能力・適性にふさわしい種目から伝統的な運動文化や武道の特性を理解させ、相手を尊敬し、礼儀正しく公正かつ沈着に物事を考える能力を養い、心身ともに健全な人材育成を目指す。
「武道人口並びに武道理解者の拡大を図り、津山総合武道館建設の実現を目指す」

教育重点目標
一、各武道団体固有の伝統文化を理解させ、心豊かな人間を育成する。
二、生涯を通して武道に親しみ、強い精神力と体力を身につけさせる。
三、武道に対する高度な技能と専門的な理論を身につけさせる。
四、武道精神を持って、社会に貢献できる人間を育成する。 【津山武道学園HPはこちら】

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第15回つやまロボットコンテスト(平成22年11月14日)

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第15回つやまロボットコンテスト 「バスケットボールロボコン」ロボコンA4.pdf
会   場:津山工業高等専門学校 第2体育館 (津山市沼624-1)
日   時:平成22年11月14日(日) 10:00~16:00
料   金:入場料無料
内   容:今年で第15回を迎えるつやまロボットコンテスト。今回のテーマはバスケットボールで、
「高校一般の部」と「小中学生の部」の2部門。各チーム自作のロボットを操縦し、
得点を競う対戦形式の競技です。
高校一般の部では製作発表会も行われ、ロボットの特長などをアピールします。
また、会場には参加自由の6足歩行ロボットのサッカーゲームもありますのでぜひご来場ください。
主   催:津山市、ザ・チャレンジ実行委員会
協   賛:津山ロータリークラブ
お問合せ先:ザ・チャレンジ実行委員会事務局(津山市経済文化部産業支援課)
TEL:0868-32-2080

知新館(旧平沼騏一郎別邸)

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▲表門は、主屋の正面に開かれた三間一戸の門で、両脇に塀を取り付けており、腕木を伸ばして屋根を支える形式をとっています。(国の登録文化財)2010.6.14取材

知新館の位置と歴史
平成10年10月に国の登録有形文化財となった「知新館」は、岡山県北の城下町津山市の南新座に伝わる武家屋敷で、第35代内閣総理大臣平沼騏一郎(1867~1952)の別邸として建てられたものです。
知新館のある場所は、国指定史跡の津山城跡の南西に位置し、旧津山藩士であった平沼の屋敷があったところです。昭和14年(1939)に第35代内閣総理大臣に就任した平沼騏一郎と、その兄で早稲田大学の学長をつとめた平沼淑郎の兄弟も、この地で生まれ、明治5年(1872)に東京に移住するまでの幼児期を過ごしました。
現在の知新館は、その当時のものではなく、騏一郎の古希を祝して、法曹界ならびに津山人々が中心となって平沼兄弟の生家であった屋敷を買い戻し、昭和12年から翌13年にかけて元の旧邸の姿に再現したうえで騏一郎に贈呈したものです。
彼は、幼い日の思い出の残るこの別邸を殊のほか愛したと伝えられ、郷里の津山に戻った時は、ここに滞在しています。その後、昭和25年に、この別邸は平沼家より「津山市民の公共福利のために役立ててほしい」と津山市へ寄贈されました。市では翌26年に津山市内及び周辺地域の歴史資料を収集展示した市立津山郷土館として開館し、永年にわたって津山地方の史学研究の場として大いに活用されました。
そして、昭和62年に市立津山郷土館としての使命を終えた旧平沼騏一郎別邸は、平成元年から市民の文化・芸術活動の場として再び活用されることになり、名称も「知新館」と改称され、現在に至るまで多くの市民に利用されています。

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津山郷土博物館

▲児島高徳像

▲宇田川玄随先生

寛政5年(1793)オランダ人内科医ヨハネス・デ・ゴルテルの西洋内科書を翻訳し、それを「西説内科撰要」として刊行した。これにより我が国近代内科学の礎となり、また、津山洋学の始祖ともなった。寛政9年(1797)江戸茅場町で没す。


▲ 輿(江戸時代)

津山藩主の松平家が江戸城登城や将軍家菩提寺参詣などに使用したもの、服装は束帯姿の公家装束である。 前後5人ずつの力者が轅(台の下部左右の棒)を小脇にかかえて移動した。行列には家臣・従者など約170人の供が従った。このような輿の使用は御三家、御 家門・国持など特別の大名のみに許されたものである。

▲津山郷土博物館全景

▲屋外展示場

▲津山郷土博物館入り口

昭和9年に落成した旧津山市庁舎を増改築し、昭和63年に開館した。

津山には、美作国府・国分寺や津山城が所在するなど、古代より政治・経済・文化の中心地として繁栄し、独特の文化がはぐくまれてきた。

▲津山産パレオパラドキシア骨格復元模型

新第三紀中新世(約1500万年前)に生息していた哺乳動 物。昭和57年9月、津山市上田邑の工事現場(村瀬馨氏所有地)で、当時中学3年生の水杉和弥君が発見した。日本とアメリカだけから化石として出土する珍 しい絶滅種で、その正体は謎につつまれているが、カバやバクのような姿だったと想像されている。当時の津山は「古瀬戸内」と呼ばれる亜熱帯性の海の島嶼部 で、パレオは樹木が生い茂る浜辺を歩いたり、泳いだりしていたと考えられる。

▲須恵器(子持ちはそう)

▲須恵器(器台ほか)


1~2階は歴史資料の展示をしています。

3階はミニ企画展(美術関係)

津山がまだ海の底だった頃から現代まで、一つの町にこんなに沢山の歴史がコンパクトに詰まっている町は全国でも珍しい。とのことでした。

弥生時代=沼遺跡・中宮1号墳・沼の住居跡

奈良時代=国府(総社・国分寺)

平安時代=二宮(高野神社の神門は県下で一番古い木造の建物)

鎌倉・室町時代=鎌倉仏教をはじめた法然さん。後醍醐天皇が出てきて鎌倉幕府を倒した。

松平藩の日記が全国で10指に入る位誇れる物です。

津山は空襲を受けていないので文書類(古文書類)が数多く残っています。


津山郷土博物館

所在地 津山市山下92
○問合せ/

TEL 0868-22-4567

開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)

休館日/月曜日・祝日の翌日・12月27日~1月4日
○入館料 ・一般210円(160円)
・高大生150円(120円
・小中生100円(80円)

※( )内は30名以上の団体料

▲陶棺(粘土を焼き固めて作った棺)

▲埴輪

▲弥生時代の出土品

▲弥生の里


▲久米の佐良山

美作や久米の佐良山さらさらに わが名は立てじ万代までに

「古今和歌集」巻第20

▲一遍聖絵

法然(1133-1212) 源空。法然は房号。平安時代の末、浄土宗を開いた僧。美作国久米郡稲岡荘(現久米南町誕生寺)に生まれる。俗姓は漆氏。幼くして父に死別し、比叡山延暦寺 などで修行し、専修念仏を確立する。晩年、旧仏教側の弾圧をうけ、一時土佐国に流罪となる。著書に「選択本願念仏集」がある。

▲横穴式石棺(復元)

▲古墳時代の出土品

▲化石

▲津山の弥生文化

▲郷土博物館裏にある箱式石棺

▲郷土博物館裏


https://www.e-tsuyama.com/kankou/check/kyodo/index.html

太田三郎さん

oota_san.jpg津山発!切手アーティスト
太田三郎さん


太田三郎さんは山形県鶴岡市(旧温海町)生まれ。
太田さんは「切手の作家」として知られるアーティストで、
12年前に奥様の故郷である津山に移り芸術活動を続けています。

●太田三郎略歴
1950年 山形県生まれ
1971年 鶴岡工業高等専門学校機械工学科卒業
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