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梶並神社の奇祭 当人祭(岡山県重要無形民俗文化財)

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 2026年10月3日、美作市梶並の梶並神社で、生き神が参拝者の背をまたいで厄を払う奇祭「当人祭」(岡山県重要無形民俗文化財)が3年ぶりに執り行われ、大勢の人が無病息災を願いました。
 この祭りは、当人様(生き神様)が参道にひれ伏した参拝者の背中をまたいでいくもので、「またがれた者はその1年を無病息災で過ごせる」と言われています。今回は津山から参加し、その厳かな儀式を体感してきました。今年の当人様は、氏子で実行委員の富阪皓一さんが務められました。境内では神事のほか、作州神楽の八つの舞のうち「逆鈴の舞(さかすずのまい)」と「御手綱の舞(おたずなのまい)」の二つが奉納され、祭りを一層盛り上げていました。
(平成24年( 10月6日(土)の当人祭の様子です。)

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二上山 両山寺(美咲町)

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高野山真言宗準別格本山両山寺
 当、両山寺は、人皇四十三代元明天皇の御宇和銅七年(714)開祖泰澄法師が観音の霊夢により草創されし霊刹で御本尊は、正観世音菩薩にして尊像は天竺毘首羯摩の作なり。山は二峯併立し恰かも金胎両部を表示し、一岳両峯真に天地自然の妙容なり、故に山を二上山と呼び、寺を両山寺と号す。開山の砌りは、真言、天台の二道場にして二十有余坊の僧坊、七堂伽藍を有し近国の名刹として頗る聞こえしがいつしか天台宗衰え真言一宗となり、現在は本坊一寺となり他は字名として残るにとどまり栄枯盛衰の跡を物語るにすぎない。養老年中(717~723)唐土の不空三蔵当山の本尊を加持し、国家安泰を志願し五智尊像を五重塔に納められるが、永禄八年(1565)尼子氏と毛利氏の奸戈により堂塔伽藍を焼失せり。此の時、本尊正観世音菩薩天野ヶ原に飛行士光明を放ちて赫々たるを朱雀天皇の御苗流僧正良尊大和尚直に尊像を守護し奉って、再び此の地に堂宇を建立し本尊を安置す今の本尊即ち是れなり。
なお、元禄元年(1688)十一月朔日、当国の大守長成公より万代不易の寄附顕然たり。而して当山、其境幽遽にして頂嶺の遠望は両眼象山恰かも平地の如く一度山頂に立てば雄大の気自ら迫り無二の霊場と言う可きである。また当山の鎮守護法善神は、仏法擁護、伽藍安全の守護神で、建治元年(1275)七月僧定乗護法の詑宣を得て、毎年陽暦八月十四日祭式(県指定重要無形民俗文化財)を修め天下泰平、万民快楽の祈念を行っている。 合掌(文:境内の案内板より)

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岡山県重要無形民俗文化財 梶並神社「当人祭」

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神社の祭祀
 古代の祭祀については、知る由もないが、石奇清水八幡宮の勧請以来は、自他共に許した社格をもって、それまでの伝統をも活した祭事が行われた事は当然の事で、神社誌の考証等によれば、「放生会」や「御輿の渡御」「もこしまつり」等の行事が行われたと述べている。
ところで、「由緒」と沿革の中にも示している通り、戦国時代の終わり頃、社領が没収される等の事によって、祭典のしきたりも改めて行うというような結果となり、ここに頭(當)人祭と称せられる祭の様式がとり入れられたと理解すべきだろう。
 頭(當)人祭に就ては、当社に残る最古の記録として「八幡神社五度の祭年々頭人留置 享保十八年癸丑正月吉日」「社頭第一重職 横山 右衛門佐」と記された簿冊により、構成や様式、経過等について織る事が出来る。(梶並神社誌より)


岡山県重要無形民俗文化財
創建千四百年の歴史を物語る奇祭
梶並神社当人祭
平成24年10月6日(土)美作市梶並123梶並神社境内
当人様(生き神様)が参道にひれ伏した参拝者の背中をまたいでゆく、またがれた者はその一年無病息災であるという

(情報提供:梶並神社)

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両山寺護法祭は、全国でも珍しい奇祭です。

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両山寺護法祭(↑上の写真提供は美咲町役場で2007年のものだそうです)
毎年8月14日深夜に行われる護法祭は、真言密教と修験道が融合した全国でも珍しい奇祭です。
祭りのクライマックスは、護法様を憑けた護法実が暗闇の中を走り回る「お遊び」の儀式で、観客は護法様に捕まらないよう逃げまわります。
 一般的に護法様(ごほうさま)が訛(なま)って「ゴーサマ」と呼ばれ、まちの人に親しまれている護法実。温厚で真面目な人であること、さらに自分の信心や信仰上の義務感から行動する人であることが、護法実になれる条件とされています。


【二上山(ふたかみさん)両山寺(りょうさんじ)】
 両山寺は、元明天皇の和銅七年(714)に開祖泰澄法師が観音の霊夢により造営した古い寺院です。高野山真言宗準別格本山両山寺と称し、御本尊には正観世音菩薩を安置しています。永禄元年(1565)尼子氏と毛利氏の千才により堂塔伽藍を焼失しましたが、元禄元年(1688)当国の大守長成公により再建されたものです。当山の鎮守護法善神は、毎年8月14日祭式(県指定無形民俗文化財)を修め、天下泰平、万民快楽、五穀豊穣の祈念を行っております。環境庁・岡山県(両山寺立て札より)



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