取材記事内検索

取材記事内を検索ワード「」で検索した結果,94件の記事が見つかりました。

大隅神社の秋祭り 2026

2026-10-18osumi16.jpg

 2026年10月18日、津山祭り(大隅神社・徳守神社・髙野神社の秋祭りの総称)の先陣を切って、大隅神社の秋祭りが開催されました!
 青空とはいかなかったものの、神輿の巡行がスタート。「神様が地域を回って人々を見守り、穢れを清める」という厳粛な神事のもと、大隅神社の迫力ある御神輿やだんじりが、江戸時代の面影を残す城東町並み保存地区を練り歩きました。

大隅神社の秋祭り 2026の続きを読む

白加美神社の秋祭り2026

2026-10-18shirakami22.jpg

 2026年10月18日、津山市小田中に鎮座する白加美神社の秋祭りが執り行われました。
地元なので毎年伺っていますが、今年は子ども神輿が出なかったそうです。なんでも神輿の担ぎ手が少なくなり、大人たちも付きそうことができず、やむなく断念されたとのことでした。
 坂道の多い町内全域を大人だけで回るだけでも大変な重労働ですが、そんな中、若人たちが懸命に神を担ぎ、獅子舞を踊る姿はとても素晴らしかったです。
 小田中も高齢化が進んで担ぎ手が少なくなっていますが、白加美神社の秋祭りがいつまでも続いてほしいと願っています。(2010年の様子)(2018年の様子)(津山市小田中というところを少し)

白加美神社の秋祭り2026の続きを読む

作楽神社の神饌田で「抜穂(ぬきほ)祭」がありました。

2026-10-18sakura.jpg

 2026年10月18日の午前10時、津山市院庄にある作楽神社の神饌田(しんせんでん)で稲刈りが行われました。神饌田とは、神社でお供えするお米(神饌)を育てるための田んぼのことです。テレビなどで天皇陛下が皇居内の水田で稲刈りをするお姿を拝見することはありますが、地域で行われる様子は近年あまり見かけなくなっていました。しかし、作楽神社ではこの伝統が受け継がれているそうです。
 今年は古代米(赤米)が植えられ、黄金色に実った稲を、神社の崇敬団体や農家の方々が丁寧に刈り取りました。ここで収穫されたお米は神社の祭典で使われるほか、稲わらは新年用のしめ縄に利用されるとのことです。(写真提供は竹内世話役)

作楽神社の神饌田で「抜穂(ぬきほ)祭」がありました。の続きを読む

2026 作楽神社「菖蒲を愛でる会」開催!

2026-5-8sakuraayame25.jpg

 後醍醐天皇ご復活の宮である作楽神社において、令和8年5月3日から10日までの期間、「菖蒲を愛でる会」が開催されました。残念ながらイベントは拝見できませんでしたが、会期中は様々な奉納行事や催しが企画され、4日には琴の演奏をはじめ、弾き語り、民謡、日本舞踊、尺八、謡曲、詩吟などが披露されました。また、5日には「ちびっこ宝さがし」や紙芝居、6日には「笑いヨガ」の体験会が行われるなど、終始多くの人々で境内が賑わったそうです。(2026年5月8日撮影)

2026 作楽神社「菖蒲を愛でる会」開催!の続きを読む

愛染寺の「牡丹の花と仏画展」

2026-4-22aizenji1.jpg

  津山市西寺町にある愛染寺の鐘楼門と仁王堂は、正保元年(1644)に建てられた県の指定重要文化財のあるお寺です。この愛染寺で2026年4月18日から26日にかけて「牡丹の花と仏画展」が開催されていると聞き行ってきました。境内に入ると約130種の牡丹の花が咲き、優しい香りが漂ってきます。また、堂内では仏画教室の作品展が開催され、生徒さんの力作が所狭しと並べられていて楽しく拝見してきました。(2026年4月21日撮影)

愛染寺の「牡丹の花と仏画展」の続きを読む

まちの駅企画展「春は津山 秋も津山~徳守神社まつり展~」

2026-3-29mingeikan_tokumori16.jpg

 作州民芸館では、津山さくらまつりの期間中「春は津山 秋も津山~徳守神社まつり展~」が2026年3月28日~4月19日まで開催されています。
 民芸館の二階の展示場には、徳守神社の武具や神具が並べられています。普段は何気なく見ていた徳守神社の祭礼ですが、展示されている品の細やかな説明書きを拝見すると、それぞれの祭りの武具や神具に込められた意味がよく分かります。

まちの駅企画展「春は津山 秋も津山~徳守神社まつり展~」の続きを読む

光厳寺の再建された「足王様」の遷座式

2026-3-13ashiousama125.jpg

 2026年3月13日、西寺町の光厳寺が管理する外屋敷墓地で足王様の遷座式が執り行われました。
足王様は、外屋敷墓地(広済寮北筋)に祀られていて、古くは旅人や近所の住民が足腰の平癒や道中の安全を願って参拝してきたと伝えられていますが、近年は社が老朽化していて、再建を願う地元の声を受け、光厳寺の檀信徒有志が整備を進め、元の場所に南向きの社として新しく整えられました。
 遷座式では、手足の神社として知られる鳥取県智頭町の河野神社(因幡若一宮)の宮司が神事を執り行いました。

光厳寺の再建された「足王様」の遷座式の続きを読む

因幡若一宮 河野神社「若一さん」

2023-11-27kouno12.jpg

由緒
 大正5年(1916)9月7日、廣嶺神社・宮国神社・檜神社・聖神社の4神社を現在地に移転合祀し、新に本殿、幣殿、拝殿を新築、社名を河野神社と改称。
廣嶺神社、宮国神社、檜神社、聖神社の四神社を大正五年九月七日、現在地に移転合祀し、社名を河野神社と改称。
旧廣嶺神社は、社伝に天平十四年九月十八日播磨国廣嶺神社のご分霊を勧請奉祀すと伝え、代々牛頭天王と称す。
旧宮国神社は創立年代明らかならず口碑に紀伊国元宮熊野神社のご分霊を勧請奉祀すと伝う。古くより若一王子権現と称す。
旧檜神社は、一に火退大明神と称し火災除けの神として祭られる。
旧聖神社は創立沿革詳らかならず、往古より聖大明神と称す。 
 古来より当社は肩及び手、腰、足の病に霊験著しく崇敬者は400年の昔より、県下はもとより岡山県、兵庫県に亘り、奉納された手形は数知れず。世に若一様様を以って知られている。
大正10年(1921)2月11日神饌幣帛供進神社に指定された。尚、河野神社神職祖は家系によりその源を愛媛県温泉湯月城城主より発し、その後20代目より神職を奉じ400年の現在に至る。
(文:境内由緒書きより転載)

因幡若一宮 河野神社「若一さん」の続きを読む

2026 徳守神社の大節分祭

2026-2-3tokumorisetsubun2.jpg

 2026年2月3日、徳守神社境内で大節分祭が執り行われました。
とても寒い日となりましたが、子どもたちは元気いっぱいです。夜の部では、徳守神社の伝統行事でもある特殊神事追儀式(神門より押し寄せる鬼や子鬼達を拝殿のお福・年男年女で撃退する鬼やらい神事)がありました。境内を走り回る鬼や子鬼達は元気いっぱい、それを撃退するのは年男に年女です。また、見守る人たちにも福が訪れるそんな行事でした。その後、第二部の豆まきがあり福豆をゲットしてきました。

2026 徳守神社の大節分祭の続きを読む