2025年12月の城西朝市の様子
2025年12月の、城西朝市の様子
この日は朝から小雨がふる寒い日となりました。恒例の城西朝市の会場は、津山市城西伝統的建造物群保存地区にある、明治42年に土居銀行として建立された作州民芸館です。民芸館の駐車場では野菜や花卉、豚汁、おもちの実演販売などが、また、民芸館内では海産物や惣菜などなどが販売され賑やかでした。
2025年12月の、城西朝市の様子
この日は朝から小雨がふる寒い日となりました。恒例の城西朝市の会場は、津山市城西伝統的建造物群保存地区にある、明治42年に土居銀行として建立された作州民芸館です。民芸館の駐車場では野菜や花卉、豚汁、おもちの実演販売などが、また、民芸館内では海産物や惣菜などなどが販売され賑やかでした。
由緒
大正5年(1916)9月7日、廣嶺神社・宮国神社・檜神社・聖神社の4神社を現在地に移転合祀し、新に本殿、幣殿、拝殿を新築、社名を河野神社と改称。
廣嶺神社、宮国神社、檜神社、聖神社の四神社を大正五年九月七日、現在地に移転合祀し、社名を河野神社と改称。
旧廣嶺神社は、社伝に天平十四年九月十八日播磨国廣嶺神社のご分霊を勧請奉祀すと伝え、代々牛頭天王と称す。
旧宮国神社は創立年代明らかならず口碑に紀伊国元宮熊野神社のご分霊を勧請奉祀すと伝う。古くより若一王子権現と称す。
旧檜神社は、一に火退大明神と称し火災除けの神として祭られる。
旧聖神社は創立沿革詳らかならず、往古より聖大明神と称す。
古来より当社は肩及び手、腰、足の病に霊験著しく崇敬者は400年の昔より、県下はもとより岡山県、兵庫県に亘り、奉納された手形は数知れず。世に若一様様を以って知られている。
大正10年(1921)2月11日神饌幣帛供進神社に指定された。尚、河野神社神職祖は家系によりその源を愛媛県温泉湯月城城主より発し、その後20代目より神職を奉じ400年の現在に至る。
(文:境内由緒書きより転載)
第21回大井東支部の文化祭が2026年2月15日に、大勢の地区の方が集い賑やかに開催されました。
今年の歴史探訪は、後醍醐天皇一行が此の地を通られた時に、一体どんな情景だったか、約700年前に想いをはせながら、大井東地区歴史探訪の驚きや魅力をスライドを使って解りやすく解説されました。また、ステージでは、文ちゃん一座の大道芸、生け花や臨床アートなどが催されました。
和室の展示コーナーでは、編み物や俳句、お茶席などがありました。愛育委員による豚汁の無料サービスがあり美味しくいただきました。
津山まちじゅう体験博2025~津山でしかできない特別な体験プログラム~
2025年10月11日、「歴史・町並み・文化・食〜五感で味わう城東ガイドツアー〜津山城東城下町めぐり×町家で味わう鯛めし御膳」に参加してきました。
このツアーで、城東伝統的建造物群保存地区を、津山市のベテラン観光ガイドさんとともにめぐり、歴史や文化、町並みを散策しながら、江戸末期の町家カフェで津山産食材の鯛めし御膳をいただき、お食事と運動を兼ね町の歴史を再確認してきました。
案内をしてくださったのは、津山市のベテラン観光ガイドさんとSONA relaxation salon りかさんです。
2025年11月6日・7日 津山市河面にある墨池山 清龍寺さんの四国八十八ヶ所霊場巡拝に参加させていただきました。今回は第1番 霊山寺~第15番 国分寺までの15ヶ寺を(一泊二日)で巡ってきました。清龍寺さんを朝6:30に出発して四国八十八ケ所霊場巡拝の旅へ。
途中で出会ったお遍路さんの中で、歩きお遍路さんは海外の方が多かったのが印象的でした。
2日目の順路は、 第10番 切幡寺 ⇒ 第11番 藤井寺⇒ 第12番 焼山寺 ⇒ 神山(昼食) ⇒ 第13番 大日寺 ⇒ 第14番 常楽寺 ⇒ 第15番 国分寺でした。
2026年1月31日~2月2日、マムシ除けと安産の神様として知られる福力荒神社 旧正月例大祭に出かけてきました。毎年沿道には露店商の方々が沢山お店を出していて大勢の人たちで賑わいます。今年は最終日の月曜日でしかも午後終わり掛けに行ったもので、急いでお参りしてお砂をいただき。まだ沢山の残っていた露店をゆっくり見る余裕もなく帰ってきました。
今年は寒かったので、早く温かくなればいいなぁ~と思いつつ。
2026年1月30日のイナバ化粧品店の様子です。
今年は日本全国に大雪警報が出ていて寒い年明けとなりましたね。今日の津山市内の朝方は雪が舞って寒い日となりましたが、徐々に晴れてきて午後には日差しもでてきました。
お店につくと生憎とママはお出かけ中だったのでママ看板にご挨拶してきました。お店の中では顔見知りのお客様と偶然に出会い久々にお話もできラッキーでした。ママは日頃から「二十歳で嫁にきて68年過ぎたわぁ~。それこそ飽きもせず毎日毎日同じことをやってきて68年。子どもたちにも特別な扱いもしたわけでもなく普通に育ったし、何のとりえもない私がこうやってファンの方とお話をすることでエネルギーをもらって元気に過ごせたんよ。ありがたいわぁ~。」と。ママこれからもよろしくね! 1月も終わりになり慌ててやってきました。皆様今年もよろしくお願いします。
由緒
本神社の創建は第43代元明天皇の御宇(708)と伝えられている。和気郷の旧社で和名抄所載神社の一つで、古くは御本殿が3間4面あったと舊記に記されている。
慶長年間に火災に遭い、その時に仮に建てた御本殿が現在まで残っていたが老朽化が進み、平成9年から3ヶ年かけて募財を募り改築した。
明和4年5月但州出石城主仙石越前守の祈願所となり、銀20枚の寄進があった。元弘2年(1332)3月後醍醐天皇が隠岐に流され遷幸される時、当社の境内にあたかも爛漫と咲いた桜の花をご覧になって暫しの間休憩され旅の疲れを癒され、お喜びになったと伝えられている。その時の大木が安政5年の暴風で倒れ明治39年に屋舎を建てて「大御幸桜」として保存している。
御祭神は猿田彦大神で天孫降臨にあたり四方八方に分岐する道を守り教える神である。現代では交通安全の神としてまた、人の運命を開く神、全ての事を良き方に導く「みちびきの神」として信仰を集めている。(文:岡山県神社庁HPより転載)(2025年7月26日撮影)
第4回 令和作州城東むかし町が2025年11月2日、城東地区一帯で行われました。
当日は歩行者天国になり、ゆっくりと散策が出来ました。キッチンカーやうまいもん屋台が多数出店していて家族そろってワイワイガヤガヤ言いながらグルメを楽しみ、あっちぶらぶら、こっちぶらぶら食べ歩き。また、今年からオープニングパレードが復活して、出雲のお国・名古屋山三郎をはじめ、忍者やお殿様、お姫様が旧街道を練り歩きました。ステージイベントも盛りだくさんで大勢の方が楽しんでおられました。
2025年11月22日の衆楽園のもみじの紅葉です。
毎年、秋になると衆楽園に出向いていますが、今年は少し遅いかも?と思いながらやってきました。少し遅めだったのですが、迎賓館の横のもみじが丁度紅葉していてすごく綺麗でした。私にとって衆楽園のもみじと言えばここが大好きな場所です。