取材記事内検索

取材記事内を検索ワード「水鉢」で検索した結果,82件の記事が見つかりました。

梅の木神社(羽賀)

umeki1.jpg

腹痛の神として信仰 病の武将助け祀る
 勝北町羽賀の公会堂横に「梅の木神社」という小さなお社がある。この神社いわれは口伝えで定かではないが、遠く戦国時代、群雄が割拠しその攻防の争いはこの近辺でも繰り広げられた。その頃のある日、戦いに敗れ手傷を負った一武将がこの地へ落ちのびてきたそうである。
 それをこの土地の人が気の毒に思って懇ろに介抱したが、その甲斐もなく亡くなってしまった。人々は、哀んで手厚く葬り、小さなお社を建て一本の梅の木を植えて供養したと言う。

梅の木神社(羽賀)の続きを読む

お竹明神『山西の民話』

take.jpg

お竹明神
 私の家の近くの藪の中に小さな祠(ほこら)があって、水鉢や燈籠がそなわっていた。
 昔みんながお竹大明神といって、女の人が主に崇拝していたらしい。面白いことに、からす貝の大きいのを競争のようにしてお供え物を入れて供えてあった。また時には赤いべべを着せた人形が供えてあったので、確かに女の神様だったと思う。


 祖母の話では、旧の八月十五日、月夜の晩が夏祭りで、行燈や提灯をぶら下げて一晩中踊り狂ったもんだという。そのときの歌に「お竹さん、ぼんぼの毛江戸までとどくヨイショ、江戸の殿様およろこび、ヨイショ、ごほうびたくさんくだされた、ヨイショ、そりゃあ、ほんまによかったなー、ヨイショ。お竹さん、死んで三年たってから、明神様にまつられて、ヨイショ、ごりやくたくさんくだされる。ヨイショ」と、ひなびたふしの無いままの歌を歌っていたと祖母が話してくれた。
 そのお竹大明神のいわれを紹介する。

お竹明神『山西の民話』の続きを読む

ウタおばあさん奮斗記『山西の民話』

nusuto.jpg

 天保五年庚午の年、師走の十五日丑三つ時だった。慌ただしく戸を叩く音に、じいの種右衛門が目を覚まして出て来た。戸をあけると三人組の強盗が押入って来てすぐとっ捕まえられ、次ぎ次ぎに家人をおこして、みんな高手、小手にしばり上げられ、さる口輪をはめられた。家の中をあちこちと探り廻りめぼしい品物をみんな集めた。強盗は三人組であったが外にまだ何人かいるらしい様子だった。衣類や貴重品を出させたが、目ぼしい品物がなかった。蔵をあけて中の品物をとろうと思って、蔵の鍵を出させて蔵をあけようとしたが、この鍵は特殊な鍵で、コザルが五個合わないとあけられない。強盗はあせって誰かこの鍵で蔵をあける奴はいないかと言うた。その時ーウタおばあさんが「妾があけてあげる」といった。強盗はウタおばあさんをほどいて蔵につれていった。

ウタおばあさん奮斗記『山西の民話』の続きを読む

大崎神社(中原)

ozaki24.jpg

大崎神社
由緒・沿革
 森家神明帳によれば、三條天皇の時代長和4年(1015年)11月に、前年、秋季より中原郷内に疫病が流行して死するもの多く、一年余りにして尚止まらず益々甚だしく、これを美作守源道方に訴えました。
 道方は当時宮内卿として美作守も兼務の折柄、宮内吏に崇神天皇5年、天下に疫病流行して止まらざるにより、翌年、和州笠縫の里に大国魂神、大物主神を勧請して三輪明神と崇めたら天下の疫病ことごとく治りました。
 この例を聞き、道方同年の貢稲100束をもって長和5年5月当郷に大国魂神を勧請して西大崎明神と、大物主神を勧請して東大崎明神と崇めたところ疫病がたちまち鎮止しました。
 以ってこの明神に不敬ある族は必ず疫病に懸かり、又は不幸に陥ると氏子大いに恐れまして厚く尊崇しました。

大崎神社(中原)の続きを読む

大崎の荒神様

oozakikoujin7.jpg

 国道179号線沿いにあります。ご近所の方にお聞きしても詳しいことがわかりません。『大崎の歴史と文化 神社編』の中にその他の神社として荒神社の写真のみが掲載されております。179号線沿いからの参道はありません。(撮影:2014年11月13日)

大崎の荒神様の続きを読む

瓜生神社(瓜生原)

uryu3.jpg

瓜生神社(旧村上)
 由緒沿革 口碑によると、五霊宮は当地の人楢本才兵衛が京都八所の五霊社から祭神五柱の御分霊を迎えて勧請したという。その年月は不詳。応仁二年再建以来数度に亘って修理、葺替の後、天保八年に再建したのが現在の本殿である。もと、五霊大明神、油宮大明神と称したのを明治四年瓜生神社と改称し、明治六年村社に列した。大正十一年神饌弊帛料供進神社に指定せられた。(岡山県神社庁編『岡山県神社誌』より)通称名 五霊様(ゴレイサマ)

瓜生神社(瓜生原)の続きを読む

杉宮の八幡様(津山市杉宮)

000honden.jpg

 ここは、旧勝北町の下村地区です。西加茂神社をすこし北に行ったところにあります。ご近所の土井さんにお聞きすると「旧勝加茂村の時は下村の八幡様と呼んでいました。詳しい事は解りませんが下村の人達で現在までお祀りしてきました。」と教えてくださいました。(2012年12月14日撮影)

杉宮の八幡様(津山市杉宮)の続きを読む

多禰神社(津山市種)

2017-10-09tane4.jpg

多禰神社(旧村社)、主祭神:天児屋根命、例祭:十月十日、境内地:四二二坪、主要建物:本殿・拝殿・社務所
 由緒沿革 本神社創建年月由緒等不詳。もと春日神社、八幡神社、荒神社が各地に鎮座していたのを、元禄十二年十二月 村の中央の宮山の地に合祀して、多禰神社と改称した。
(文:『岡山県神社誌』より)(2017年10月9日撮影)

多禰神社(津山市種)の続きを読む

勅使山 圓福寺(高野)

oshiire-12.jpg

津山市押入れにある真言宗醍醐派 勅使山 圓福寺(2017年6月210日取材)
勅使遺跡
 国道53号線の高野交差点付近にある遺跡です。交差点付近にある勅使山圓福寺の小堂付附近の耕作地附近から瓦などが見つかっており、寺院跡と考えられています。平成21年と平成27年に一部発掘調査は行われていますが、その際には遺跡と遺物は発見されていません。(文:『第112回文化めぐりの案内』より)

勅使山 圓福寺(高野)の続きを読む

2017年 清眼寺のぼたん祭りの様子です。

botan4.jpg

2017年4月29日にボタン寺で有名な清眼寺のぼたん祭り(ボタン100種300株)がありに行って来ました。ボタン祭りの期間は、4月25日(火) 10:00 〜 5月3日(水) 16:00でした。また、期間中は清眼寺本堂にて寺宝展や書道展がありました。30日には、筆供養、オカリナの演奏会などもあったそうです。(2014年のボタン祭りの様子です。)

2017年 清眼寺のぼたん祭りの様子です。の続きを読む