第18回 津山武道祭がありました。
県北に総合武道館をつくろう! 第18回 津山武道祭が平成26年7月13日(日)午前9時~12時、津山総合体育館にて津山市体育協会により執り行われました。当日は朝から雨が降る中での大会でしたが、大勢の子どもたちが元気よく演武を行いました。
県北に総合武道館をつくろう! 第18回 津山武道祭が平成26年7月13日(日)午前9時~12時、津山総合体育館にて津山市体育協会により執り行われました。当日は朝から雨が降る中での大会でしたが、大勢の子どもたちが元気よく演武を行いました。
箕作阮甫と東海道
1853(嘉永6)年、ロシアから開国交渉の使節としてプチャーチンが来航し、箕作阮甫はその対応御用を命じられました。長崎でロシア使節との外交交渉を終えた阮甫は、山陽道、東海道を経て江戸へ戻ります。その途中、小倉でペリーの再来を知らされ、また、広島の沼田では急ぎ戻ってくるよう指示を受け津山への墓参も中止して、先を急ぎました。
阮甫が足早に通り過ぎた東海道は江戸時代の主要街道で、多くの浮世絵師がその宿場を描いています。阮甫の日記「西征紀行」の記述とともに各宿場の様子をご覧ください。
天平年間に、行基菩薩が開創され、弘法大師も弘仁年間に巡錫されたと伝えられています。昔は五社明神の別当寺として、神社の近くにありましたが、天保5年現在地に移りました。
昭和28年、現在の本堂落成の際、高野山から、作東高野山摩尼院の称号を頂き、爾来檀信徒皆様の篤いご信心によって、山容が整いました。(文:高野山真言宗 美作八十八ヶ所霊場HPより)2014年6月24日取材
2014年7月1日(火)あじさい寺【長法寺】に行って来ました。
阿弥陀如来を本尊とし、脇侍に天台大師、伝教大師をおまつりしている。現在のお堂は弘化2年(1845年)西方にあったものを移し、阿弥陀堂兼客殿として再建す。
明治6年(1873年)津山城取り壊しの際贈られた。本丸御殿の鬼瓦、鯱(しゃち)、紫陽花(あじさい)の絵を描いた襖障子があります。2009年の紫陽花の様子はこちらから、名木百選 長法寺のイチョウ
人の運命の鍵をにぎる星の神様。長寿、息災、招福を祈願する。
わが国では室町時代から、日蓮宗において妙見信仰が盛んに行われるようになった。
光善寺内、通称妙見山の山頂にあったが、現在は山根稲荷の横に遷座されている。祭りは4月の第2日曜日行われている。(2014年6月27日取材)
現在多くの場所に、昔の街道沿いに配置されていた道標が残っていますが、河辺町内でも数カ所に残されています。
この道標が、真加部街道の起点で、田熊・植月を経由し真加部までの信仰・農耕・年貢輸送の道でした。
兼田橋東詰めには、国分寺道の道標が残っており、当時国分寺へのメイン街道としての、大きく立派な石碑が建てられています。道標は、他にもまだ点々と多く残っているものと思われます。(河辺の史跡・作成:河辺親和会・河辺町内会より)2014.5.18
⑥八神三宝荒神社
この神社は、昔国分寺奥の院に至る道沿い(地蔵谷)にまつられていた八体の神様が、まとめられおまつりされています。
昭和初期の姫新線開通頃までは、今の場所より数百メートル西の八神地区(立花団地付近)にまつられていたそうです。
地蔵谷・国分寺奥の院跡は、現在山道は通行不可能と思われます。
国分寺奥の院は愛宕神社の山の南側(河辺と反対側)に位置し、木立の中に石積みがわずかに残っています。
⑤松風庵(火伏十一面観音菩薩)
松風庵(火伏十一面観音菩薩)には、昔観音山の南に有った国分寺奥の院が消失した時、本尊が一時まつられていた説があります。
以前建物は、国道179号線の道路上にあり、現在は移築されました。
松風庵の由来は、824年国分寺の南西松風山に創建された観音堂(松風庵)で、この地が三度目の移動地であると伝承されています。
毎月17日におまつりがあり、講組の方々により各種行事がとり行われています。
また敷地内には、各僧泰禅上人の墓碑があり、庵内には厨子に安置された上人座像がまつられています。
津山市川崎字玉琳 神経痛、リュウマチなどに御利益があるといわれている。
墓地の入り口に立つ地蔵石仏、地蔵は六道の救済者とせられ、死後の救いの手として墓地の墓守役として信仰さられている。葬式はもちろん墓参りの時にも必ずまいるが、法華宗や真宗の所には見られない。
六体地蔵は檀陀、宝珠、宝印、持地、徐蓋障、日光の六体の称。
幻住寺(げんじゅうじ)曹洞宗美作観音霊場第三番
ここは「玄住寺郷土自然保護地域」に昭和50年5月20日岡山県から指定されている所で自然がいっぱいです。この地域は、幻住寺山(標高510m)にある幻住寺を中心とする地域で、全域にわたって急峻な地形を呈し、流紋岩を母岩とする土壌が分布しています。
幻住寺は、後醍醐天皇の命名といわれ、奈良時代に建立されたと伝えられる由緒ある禅宗寺で、作州南部の三大名刹の一つとされています。
寺の背後には、スダジイ、アカガシなどの巨樹が点在する常緑広葉樹を主体として、落葉広葉樹を混交する原植生に近い自然度の高い樹林が形成され、寺院と一帯となって、すぐれた自然環境をとどめています。(文:岡山県看板より)2014年6月8日・9日取材