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津山人 【陶芸家】天狗寺 陶白人氏

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 天狗寺 陶白人(てんぐうじ とうはくじん)さんは、岡山県苫田郡加茂町出身の陶芸家で、( 岡山県津山市にある山、天狗寺山が名前の由来だそうです。)
 天狗寺さんは、「美作地方(津山市綾部の土)の土単味でつくる」窖窯研究・美作土の造形研究38年だそうです。また絵画(洋画、日本画)、篆刻・彫刻・書・山水画・陶芸品の制作など多才な方で、いつもニコニコ笑顔が印象的な方です。お邪魔したときは、窯出し後で、焼きあがった作品がずらりと並んでいました。取材2012年11月6日

天狗寺 陶白人さんのプロフィール
2012 沖縄県 那覇市立壺屋焼物博物館企画個展
2011 岡山県 奈義町現代美術館企画個展
    鳥取県 重要文化財石谷家企画個展
2008 第25回 茶の湯の造形展
2005 第3回現代茶陶展
    第22回 茶の湯の造形展
    2005大滝村北海道陶芸展
    第17回 抹茶茶碗コンテスト『奨励賞』受賞
2004 第16回 織部の心作陶展
2003 第15回 織部の心作陶展
    第20回 茶の湯の造形展
2001 世界工芸コンペテション金沢
    第13回 織部の心作陶展
    金沢わんon大賞展
1998 第2回 益子陶芸展
1997 第8回 使ってみたい北の菓子器展 『大賞』受賞
    岡山県美術展 『地域奨励賞』受賞
    国際色絵陶磁器フェア79九谷
1996 第5回 バレンタイン美術展 『バレンタイン賞』受賞
    第7回 使ってみたい北の菓子器展
1995 現代茶陶展
1991 中国ガラスアート展1991
1990 第2回 しんわ美術展 『努力賞』受賞
1989 第18回 長三賞陶芸展
    第1回 しんわ美術展 『特別賞』受賞
1985 第2回 茶の湯の造形展
1980 天狗寺 陶白人の号を賜る
1974 天狗寺窯開窯Tenguuji Factory Of Artで働く
1972 藤川デザイン学院を卒業
1968 津山工業高等学校を卒業
1951 誕生日: 1951年2月16日

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田熊の算仙 中村周介・中村嘉芽市(墓碑)

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田熊の算仙 中村周介・中村嘉芽市(墓碑) 2012年1月7日取材
 中村周介は宇田川榕庵が津山藩医頃、医学と算聖の関 髙和髙弟青木正蔵より和算を修め田熊に帰り医業を継ぎ、また多数の和算の門人を持った。
 中でも甥嘉芽市は幼少より算用に通じ人々に「天童」といわれ、周介の教えに熱中、寝食を忘れて勉学、15、6歳で田熊流とさえいわれる和算の奥義を窮めることができた。(周介72才)
 文化4年、亀田代官が周介翁を訪ね「堀坂村の井堰が大雨毎に流れ、水の取り入れ口が洪水の進入路となり百姓達は、泣いて訴えます。よい設計はないでしょうか?」と頼まれました。
 周介は堀坂の墜道堀盤工事のことを嘉芽市に説明し、16才の天童少年に全部を頼り切った。周介と嘉芽市の設計施行の暗渠堀盤は独創適確な妙案であった。簡素な測量器、曲尺や夜は提灯利用、駆使し和算のうりょくの全力を絞り切って延長百米の大墜道を鎚とタガワで両側から掘って約1年で貫通させた。一当時は日本初の工法といわれたー

 周介亡き後嘉芽市は、天下に師を求め、江戸に上り幕府天文方御書物奉公、高橋作左衛門に師事し天文能史の奉行高橋作左衛門は、シーボルトの持つ「世界周航記」「ナポレオン戦記」ほしさに、国外出禁の伊能忠敬の蝦夷測量図と交換した。このことが間宮林蔵よりもれ作左衛門景保先生関係者は、極刑に及び門人嘉芽市も幕府の隠密をさけ、死地を脱す。年25歳帰省後は、「田熊算仙」といわれて二百余名の門人を持ち、また里正となり帯刀を許された。明治11年10月10日没す73歳。(文貴)下山陸治

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2011年12月のイナバ化粧品店

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2011年12月のイナバ化粧品店内です。クリスマスの準備も出来ていましたよ。
稲葉浩志さんのお兄さん稲葉伸次さんとご一緒することがあるのですが、未だにお兄さんの怒ったところを見たことがないし、ひょうきんな人で周りの人をいつも和ませてくださいます。そんなお兄さんの子供の頃の話をママに聞いてみました。
「兄弟喧嘩しているの見たことないなぁ~。私はただお店に出て化粧品の販売をしていて忙しかったので、おばぁ~ちゃんに見てもらっていたから良い子になったんだろうかなぁ~。やっぱり子育ては核家族じゃなく大勢の中で育ったほうがええと思うよ!」「お兄ちゃんを叱るとき、家の外に放り出すこともあったけど、戸を少し開けておくとそこから家に入って来ているので"伸ちゃん、何処から入ってきたん?"と聞くと"僕はな!忍者なんじゃ~"と得意そうに話すんよー。そんな子どもだったので怒っているの見たことないわ!」「うちの家族は喧嘩はしないわねぇ~」とママのとって置き話。

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2011年11月13日 B-1グランプリin姫路

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シルバーグランプリ獲得!!

11月12日、13日の両日開催されたB-1グランプリin姫路では、私たち津山ホルモンうどん研究会へ多方面から応援や激励を賜り、誠にありがとうございました。両日で過去最高の51万人を超す来場者のもと、おかげさまでシルバーグランプリという栄誉を授かることができました。

また、県内からも真庭市の「ひるぜん焼そば好いとん会」がゴールドグランプリに、備前市の「日生カキオコまちづくりの会」が初出展ながら9位に入り、岡山県のご当地グルメを全国に発信することができました。

B-1グランプリin姫路実行委員会の方々をはじめ、関係の皆様方に心から感謝いたします。本当にありがとうございました。(文:津山ホルモンうどん研究会)

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津山人「全日空を創った 美土路昌一氏」

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津山市一宮の本光寺参道の前の小路を上がってゆくと美土路昌一氏の墓があり、横には碑が建っている。右上には「言論自由の語は之を守る為め死を辞せざる者のみ言い得る言葉なり」とあり、下方には「この夏は越せそうも無き米寿かな」とある。後者は死の三日前の絶筆である。

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↑2015年12月7日現在は先祖代々の墓地で静かに眠っておられます。

(美土路昌一氏は明治19年7月16日中山神社の社家の一軒で生まれた。)

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美土路家(現津山高校100周年記念館)の前の津高の門を入ってすぐ、よく伸びた二本の松がある。これは、はじめて空を飛んだライト兄弟の飛行場の松の種をもらって、母校の庭に寄付して植えたもの。

よく言っていた言葉「一歩退って人に接せよ」、「何ごとも、まず相手のことを考えよ」、「水流先を争わず」(文:津山市文化協会「津山の人物」より)


 「現在窮乏、将来有望」これは津山市出身で市の名誉市民 美土(みど)路(ろ) 昌一(ますいち)氏が全日本空輸(ANA)の前身である「日本ヘリコプター輸送株式会社」創立時に掲げたスローガンです。

1886年(明治19年)、苫田郡一宮村(現:津山市一宮)で生まれた美土路 昌一氏は、旧制津山中学を卒業後、文学を志し早稲田大学文学に入学されました。苦学の中、文学の道を断念され大学を中退後、朝日新聞社に入社されました。

 入社後は第一次世界大戦(青島戦)に従軍されたほか、上海、ニューヨーク特派員を経た後、編集局長として神風号による東京‐ロンドン間の記録飛行を成功に導くなどの活躍をされました。
 その後、日本は戦火の渦に突入しますが、戦中、編集局長、常務取締役と朝日新聞社の要職にあった美土路氏は言論の弾圧にさらされます。

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大正・昭和をかけぬけた津山人の面構え

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▲「対鶴楼」での披露宴の様子でしょうか?
「大正・昭和をかけぬけた津山人の面構え」江見写真館蔵品写真展
2010年11月13日(土)~12月5日(日)

大正、昭和時代の津山の写真が多く残っている江見写真館。今回は、それらのアーカイブの中から「顔」をテーマに展示します。貴重な当時の写真から、津山の人々の素晴らしい顔をお楽しみいただけます。
主催:棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)
入館料=無料(2F常設展は500円となります)

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くらや社長、B-1グルメ奮闘記

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▲「やる気でやるぞ!」と稲葉副代表。2日間で43万5000人の来場者があった。4時まで手を抜かないで最後の一人までおもてなしをし、津山を厚木に持って行った皆さんお疲れ様でした。(9月18日~19日)

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2010年9月・10月イナバ化粧品店の今

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▲台湾のファンの方が書かれたそうですよ。とってもお上手ですね。
現在、津山にお出でになっているそうです。ママが台湾へ行って、ファンが津山へ尋ねて来られたりと、交流が続いているそうです。

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B-1グランプリ in 厚木報告(19日・20日)

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▲発表が終わって会場から出てきた鈴木代表を胴上げするメンバー。
★B-1グランプリ in 厚木報告(17日) ★B-1グランプリ in 厚木報告(18日)


朝食を6時にとり、6時30分ホテル出発6時45分会場着。
8時30分よりミーティング「津山に行きたいなぁ~と思える町づくりの為に一致協力して結果を出したい。」と鈴木代表。「やる気でやるぞ!」と稲葉副代表。会場では始まる前から長蛇の行列が出来ていた。すごい人出にびっくり!みんな死ぬ気で焼いた。谷口県議、宮地市長、竹内観光協会長が次々と応援に駆けつけて来られた。

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