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物見神社の花祭り(岡山県指定重要無形民俗文化財)

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 物見神社の花まつりは、氏子が五穀豊穣を感謝し、家内安全などを祈願して造花を奉納し、御神幸に彩りを添える行事です。

 物見は3地区あり、傘型の花は、各地区で桜・柳・梅の3種類にわかれています。各地区の村人がそれぞれの地区に集まり、手分けして1日がかりで、柳・竹・色紙などを使い、趣向をこらして作成するもので、大人1人では支えられないくらいの重さのものです。作られた花は、祭り当日の朝、組み立てられ神社に奉納されます。午後、お旅所での神事の後、境内で太鼓の合図と同時に参拝者が取り合って持ち帰り、厄除けとして飾っておきます。また、輪にして屋根の上に乗せておくと火除けになると言われています。(県指定重要無形文化財)

※花の取り合いが終わった後、境内下の運動場で餅投げが行われます。又、前日の夜と、当日の午前中、だんじりに子どもを乗せて、物見ゼンチクをまわります。(今年は小雨が降ってもち投げは境内でなされました。)2012.10.28日取材(文:加茂観光センターより)


 物見神社は大正二年四月二十二日、浦栲の素盞鳴神社、天満神社境内にあった稲荷神社を合祀して旧天満神社跡にまつり、大字物見の名称を社号とした新しい氏神であり、祭日は四月十八日であった。その後、昭和二十四年、上加茂神社に合祀された旧氏神の天満神社を遷座して今日に至っている。2012.10.28取材(文:加茂町史より)


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小田中の聖徳寺の「和霊祭」にお邪魔しました。

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聖徳寺(岡山県津山市小田中1416)の和霊祭がありました。(2012年7月30日(月)午後5:00~)
  和霊大明神の功徳と由来
 当寺の鎮守、和霊大明神は厄除け の神として、また願い事は必ずかなえてくれると 言う津山地方で名高い神様で、祭神は山家清兵衛公頼公(やんべ せいべいきよ もりこう)といい、四国は 伊予の宇和 島藩の家老で、仙台藩主・伊達政宗の子、秀 宗に仕えた人。公は藩主を助け藩政上に手腕をふるい、大いに治績と名声あげま したが、その反面これを怨みに 思う者が出てきて、謀略にあい殺された。時に元  和6年夏清兵衛25歳でありました。 この時、公は死ぬ間際に、「われに救いを求め る者には、われ必ず、その願いを聞かん」と言い残して、息を引き取ったという。
その後藩主が山頼和霊神社として、公を祭神としてお祭りするにいたった。聖徳寺は この山家清兵衛公頼公を祭神とする和霊神社の分神を当寺の鎮守として祭っています。
  毎年7月30日は縁日として、夜7時より和霊まつりをおこない、夏の夜に堂内で大般若転読法要また境内にて柴灯大護摩の祈願法要を行ないました。(情報提供:聖徳寺

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日本原駐屯地納涼祭の花火

jieitai10.jpg平成24年7月26日(木)18:00~20:30陸上自衛隊日本原駐屯地(岡山県勝田郡奈義町滝本)で日本原駐屯地納涼祭がありました。当日は雨も降りひゃっとしましたが、すぐに雨も止み大勢の人が繰り出して盛大な納涼祭となりました。ここの納涼祭は家族連れが多かったのが印象的でした。また、雨のせいか一部屋内イベントが行われていました。

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鏡野町大納涼祭(奥津湖のほとり)で5000発の花火

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2012年7月28日(土)奥津湖畔に花火が轟きました。(15:00~21:00)
苫田ダムの貯水湖、奥津湖のほとりで鏡野町大納涼祭が開催されました。
途中雨も降り涼しい中を、少し遅れての参加でしたが、奥津湖畔に約5000発の花火が趣向を凝らして打ち上げられ、湖畔の花火もまたいいもんだと思いました。また、奥津湖総合案内所「みずの郷奥津湖」 では、賑やかに屋台も出て、皆さん上から眺める奥津湖畔の花火ショーを楽しんでおられました。
(その他、航空飛行ショー、ソーラン踊り、カヌー体験、奥津湖遊覧船、物産展等などのイベントもあったそうです。)お隣の鏡野町なのですが初めて参加させていただきました。いいですね!

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清眼寺のぼたんの花が美しい。

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また、今回は2012年4月28日のボタンの花です。まだつぼみが沢山あったので長く楽しめそうでした。この他、愛染寺のぼたんが綺麗でした。(2010年取材)
  清眼寺は、美作88ヶ所第56番札所・美作国七福神毘沙門天霊場として、多くの参拝者で賑わいます。別名ぼたん寺ともいわれ、毎年のぼたん祭りには、色とりどりの美しい大輪の花を咲かせ、参拝者を楽しませています。

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全国土雛展-秋田・山形・兵庫・鹿児島-

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3/31(土)~04/8(日) 全国土雛展-秋田・山形・兵庫・鹿児島-

とても面白いお雛様です。男性がなで肩、女性がいかり肩で首が太いのが特徴です。愛嬌があって好きなお雛様です。みなさん、鶴山公園を廻った後、ぶらりと城東地区を廻ってみてくださいね。
時間:10時30分から18時(最終日は17時) 場所:うき草や ※4月4日(水)は休業問い合わせ:0868-22-8845(うき草や)

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広野 田熊八幡宮秋祭り(2011年)

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若くて溌溂とした担ぎてにおもわず拍手喝采!(2011年11月3日)
 2011年11月3日に田熊八幡宮の秋祭りが執り行われました。
ドドーンドン・・・今年も宵祭りの太鼓の音が響く。町内の当番に当っている役員や若者が夜を通して太鼓を叩き、かがり火を焚く。午前2時頃になるとかなり冷えこみ、たき火で暖をとる。夜が明け朝7時頃から町内の人々が集まり始める。
 午前9時、田熊八幡神社で祭礼をすますと、豆しぼり姿の若者たちは約400 kgのお神輿をかつぎ上げ、境内をねり歩く。その後お神輿は、傾斜約30度の坂道へと進む。最初の階段は、傾きが40度くらいはあろうか・・・。 ここが最初の難門。若者たちも、一歩一歩慎重にお神輿を前に進める。以下津山瓦版特集へとつづく 【田熊八幡宮の取材記事はこちら

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中山神社の秋祭り、だんじりの取材報告

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中山神社の秋祭りが11月3日にありました。2011.11.3

中山神社は、慶雲4年(707)の創建と伝えられる美作国の一宮で、永禄2年(1559)に再建された本殿は国指定重要文化財です。中山神社の御輿は格式高くしずしずと進むみます。その姿は中山神社ならではのものだと思いました。また、だんじりは新しく造られたものだそうです。春季大祭「お田植祭り」(4月29日)にもだんじりは出ていましたよ。

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2011年徳守神社の秋祭りの様子です。

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徳守神社は聖武天皇の御代天平5年(733)の創祀と伝えられている。当初現在の津山市小田中の地にあったが天文8年(1539)火災に遭い焼失。慶長8年(1603)美作の国18万6500石の国守大名として入封した森忠政(森蘭丸の弟)が津山城を築くにあたり現在地に移して津山城下の総鎮守とした。

氏子は津山市の中心部56町内にわたり作州第1の大社である。神輿は縦横1,7メートル 高さ8メートルで
その重さは約1トンにも及ぶために交代要員も含め担ぎ手は170人を必要としその規模の大きさから日本三大神輿の1つといわれている。(徳守神社HPより)2011年10月23日

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津山徳守神社秋祭りに出動しただんじり16基

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津山だんじりの歴史/総鎮守徳守神社の祭礼は、初代藩主森忠政が慶長9年(1604)に社殿を増宮した際に氏子達が練り物を出したことに始まる。【現在、県の重要有形民俗文化財に指定されている津山だんじりは28臺(徳守神社20臺、大隅神社7臺、総社宮1臺)】
津山だんじりの個性/松平宣富をはじめ、松平歴代藩主やその家族も度々津山城の一角の「赤座屋敷」から祭りを見物した。第5代藩主康哉は宮川門を開け町民を城内に引き入れ、第8代藩主斉民は城内で祭りに加わる。天保13年(1842)、祭りに出動するだんじり数に制限が設けられ、徳守神社が6基、大隈神社が2基との藩命が下された。この時の制限が、隔年、3年ごとなどの出動間隔として残っている。現在は各町内会が出動の有無や間隔を自由に決めているが、結果的に各町内が経済的にも無理をせず、だんじりの伝統が長く受け継いできていることに大きな役割を果たしている。

子供を大切にする津山だんじり/簾珠臺(宮脇町)をはじめ全てのだんじりに、宵、本祭りとも子供が乗る。これは地域の将来を担う子供たちを大切にする津山の200年ほど前から続く伝統である。(津山市HPより抜粋pdf

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