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取材記事内を検索ワード「浮世絵」で検索した結果,28件の記事が見つかりました。

浮世絵~鍬形蕙斎と同じ時代を生きた絵師たち~

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 2026年春、津山郷土博物館の3階にて、企画展「江戸一目図屏風実物展示~鍬形蕙斎と同じ時代を生きた絵師たち~」が3月28日から5月6日まで開催されました。
 津山松平藩御用絵師である鍬形蕙斎と同じ時代に活躍した、葛飾北斎や歌川広重、菊川英山らの浮世絵や版画(津山洋学資料館所蔵)などが展示され、多くの来場者を楽しませました。(2026年4月12日撮影)

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津山郷土博物館企画展「江戸一目図屏風」

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 春はつやま2026津山郷土博物館企画展「江戸一目図屏風実物展示~鍬形蕙斎と同じ時代を生きた絵師たち~」が令和8年3月28日~5月6日まで、津山郷土博物館の3階で開催され行ってきました。
 津山松平藩御用絵師の鍬形蕙斎(くわがたけいさい)が描いた「江戸一目図屏風」の実物と津山城下を描いた六曲一双の「津山景観図屏風」(市重要文化財)などと、蕙斎と同じ時期に活躍した葛飾北斎や歌川広重、菊川英山などの浮世絵や版画(津山洋学資料館所蔵)が展示されていました。内容が盛り沢山なのでここでは、「江戸一目図屏風」について紹介してみます。(2026年4月12日撮影)
※上記写真は(2012年3月14日取材時の写真引用

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鍬形蕙斎が描いた「津山景観図屛風」

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 春はつやま2026津山郷土博物館企画展「江戸一目図屏風実物展示~鍬形蕙斎と同じ時代を生きた絵師たち~」が令和8年3月28日~5月6日まで、津山郷土博物館の3階で開催され行ってきました。
 津山松平藩御用絵師の鍬形蕙斎(くわがたけいさい)が描いた「江戸一目図屏風」の実物と津山城下を描いた六曲一双の「津山景観図屏風」(市重要文化財)の右隻(縦1.50m、横3.58m)、あわせて、蕙斎と同じ時期に活躍した葛飾北斎や歌川広重、菊川英山などの浮世絵や版画(津山洋学資料館所蔵)が展示されていました。内容が盛り沢山なのでここでは、「津山景観図屏風」について紹介してみます。(2026年4月12日撮影)

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「江戸一目図屏風」の実物を期間限定で展示!

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 江戸一目図屏風(岡山県指定重要文化財)文化6年(1809)鍬形蕙斎(紹真)六曲一隻 館蔵
 文化6年(1809)、江戸の全景を詳細に描いた景観図で、墨田川東岸の上空から西方の地上を見下ろした鳥観図となっている。
 画面中央に江戸城、左に江戸湾、下に墨田川を配置。江戸城の周囲には大名屋敷が並び、外堀の外には入り組んだ街路や蛇行する用水路に沿って、民家や社寺がびっしりと描かれている。また、浅草寺、向島、新吉原など著名な江戸の名所が250ヵ所以上も描き込まれ、さらに、画面上方の遠景には秩父や丹沢の山々がかすむようにあらわされ、その中央には霊峰富士がひときわ大きく描かれている。
 当時より、江戸は人口100万を超える世界でも指折りの大都市であった。本図は西洋画の技法を駆使しながら、19世紀初頭の江戸の繁栄を描いた肉筆画として、近世景観図の傑作と評価されている。(2012年3月14日取材時の写真引用


鍬形蕙斎が生きた江戸

 鍬形蕙斎は明和元年(1764)に江戸で生まれました。この頃、江戸では武家文化人・地方出身者・江戸っ子が一丸となって多彩な江戸文化を創出します。鍬形蕙斎が江戸で育った時期には、浮世絵や狂歌が流行し、新興の出版資本蔦屋重三郎や須原屋などが黄表紙・江戸切絵図など多種多様の本を出版しました。
 鍬形蕙斎は13歳の頃に浮世絵師北尾重政に入門したと考えられており、15歳の頃にはすでに黄表紙の挿絵を描いています。その後、北尾政美と号して狂歌で有名な大田南畝や蘭学にもくわしい森島中良などとの交流を深めていきました。(文:「江戸一目図屏風実物展示ー鍬形蕙斎と江戸ー」津山藩御抱絵師の鍬形蕙斎より)(2025年4月5日撮影)

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企画展「津山洋学の名品展」

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 7月、開催中の企画展「津山洋学の名品展」は一部展示替えを行いました。
 今回の企画展では、常設展示には並んでいないけれども、津山の蘭学・洋学を語るうえで貴重な資料のほか、異国文化への関心や明治の文明開化を物語る興味深い資料などを、いくつかの小テーマに沿ってご紹介しています。会期は9月25日(日)までですので、ぜひご観覧ください。(文:津山洋学資料館)(2022年7月3日撮影)

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洋学資料館令和4年度前期企画展「津山洋学の名品展」

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 只今、洋学資料館では、令和4年度前期企画展「津山洋学の名品展」会期:令和4年3月19日(土)~9月25日(日)が行われています。
 常設展示には並んでいないけれども、津山の蘭学・洋学を語るうえで貴重な資料のほか、異国文化への関心や明治の文明開化を物語る興味深い資料などを、いくつかの小テーマに沿ってご紹介します。
 主な展示資料...ペリー来航絵巻、開成学校開業式之図、オランダ王国総領事館旧蔵のヒンデローペン装飾缶など約35点(津山洋学資料館)

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津山郷土博物館企画展示「江戸一目図屏風実物展示」・津山藩松平家に伝わる甲冑「朱漆塗本小札啄木糸威胴丸具足」

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 春はつやまの観光キャンペーンの一環として、津山郷土博物館において企画展示「江戸一目図屏風実物展示」を開催する運びとなりました。江戸一目図屏風は津山藩のお抱え絵師鍬形蕙斎が描いた江戸の鳥瞰図で、今回はその実物を展示します。本屏風は県指定の重要文化財である大変貴重な作品で、今回は平成29年度以来の実物展示になります。また、描かれている視点が、東京スカイツリーからとほぼ同じということで、同展望デッキに複製が展示されていることでも有名です。あわせて蕙斎のほかの作品も展示しておりますので、この機会に蕙斎ワールドをご堪能ください。
 また、先般津山藩松平家に伝わる甲冑「朱漆塗本小札啄木糸威胴丸具足」が岡山県重要文化財の指定を受けましたので、あわせて皆様にご披露させていただきます。江戸時代初期の特徴を残す貴重な甲冑ですので、あわせてご覧下さい。令和4年4月1日 津山郷土博物館

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明治150年記念「洋学資料館所蔵資料から見た文明開化と美作の医学」

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描かれた文明開化
 明治になると、浮世絵師たちは、文明開化という新しい時代の世相を描きました。これらは「開化絵」と呼ばれ、西洋風の絵画表現が取り入れられ、目新しいものや風景や生活などが好んで題材に選ばれました。
 江戸時代には政治批判、風紀風俗の乱れ、奢侈という3点が検閲により取り締まられ、幕府に対する批判が少しでも疑われると処罰されました。また、徳川家や同時代の事件・出来事を題材にすることは禁じられていました。しかし、1875(明治8)年に検閲が廃止されると、最近の事件も題材にすることができるようになり、ジャーナリズム的要素が加わることになります。そして、以前なら政治批判とも取られかねなかった、天皇や皇族の姿なども描かれるようになりました。
 やがて、写真や新聞など新しいメディアが台頭し、浮世絵は衰退していきます。「開化絵」はその終焉を飾ったのです。


↑ 上記絵は、(参考)新吉原 尾張屋三階之図 明治時代 三代目歌川国貞
 新吉原にあった尾張屋を歌川国貞(三代目)が描いています。明治時代になると、安価な化学顔料を用いた浮世絵が描かれました。特にアニリン紅を多用したものは「赤絵」と呼ばれ、その毒々しいまでの赤色はこの時期の浮世絵の特徴となっています。この絵にも見られる鮮やかな赤色は当時の人々にとって最も身近に感じられた西洋の息吹として捉えられたといわれています。

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小島 功展 ~現代の浮世絵師と呼ばれた男~

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2017年9月27日から10月10日まで、「小島 功展 ~現代の浮世絵師と呼ばれた男~」が宮脇町の徳守会館で始まりました。美酒、美味、美女に愛された作家小島 功。流麗で、やさしくて、時には力強く描かれる線。創り出される世界は果てしなくエロティックで美しい。半世紀以上にわたり生み出された作品群は、どれも圧倒的なエネルギーに満ち溢れている。今回の展覧会では、岡山県苫田郡鏡野町在住 和仁栄幸(正興)氏【備前焼】の作品(酒器を中心に30点程)と共に小島功全盛期時代の作品を原画、版画を含めて60点程展示販売。(文:案内チラシより)(撮影:2017年9月30日)

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和時計 ー西洋の技、日本の心ー

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 平成29年度津山洋学資料館夏季企画展「和時計 ー西洋の技、日本の心ー」いかにして日本は近代国家と成り得たのか?、洋学と共に日本の近代化を支えた機械技術の源流を探る。会期:2017年7月1日(土)~9月24日(日)
 日本にもたらされた西洋の機巧(からくり)としては鉄砲が有名です。その鉄砲と同時期に時間を測る機会ーー時計も日本に紹介されました。当時の職人たちはゼンマイや歯車、カムといった西洋からもたらされた仕組みを改良し、また、日本の不定時法に合わせた、どこにもない独自ののものーー和時計を作り上げたのです。
 洋学という江戸時代に日本に移入された西洋の科学知識と、和時計に象徴される機械技術、これらは明治以降の近代化を支えた両輪といえるでしょう。(文:津山洋学資料館)(2017年8月30日撮影)

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