2015年 大隅神社の秋祭り
2015年10月18日(日)快晴の秋晴れの中、大隅神社の秋祭りが執り行われました。この大隅様が津山まつりの最初のまつりとなります。神輿も重要伝統的建造物群保存地区を通られるた時は、往古の昔を偲ばせてくれるようなロマン溢れる風景でした。また、今年はだんじり全11臺が出動して賑やかで華やかなお祭りとなりました。イーストランドに勢ぞろいしただんじりの中を進む大隅神社のお神輿に皆さんが大きな声で声援を送っていました。
2015年10月18日(日)快晴の秋晴れの中、大隅神社の秋祭りが執り行われました。この大隅様が津山まつりの最初のまつりとなります。神輿も重要伝統的建造物群保存地区を通られるた時は、往古の昔を偲ばせてくれるようなロマン溢れる風景でした。また、今年はだんじり全11臺が出動して賑やかで華やかなお祭りとなりました。イーストランドに勢ぞろいしただんじりの中を進む大隅神社のお神輿に皆さんが大きな声で声援を送っていました。
三宝荒神社は津山市高野本郷にある三宝荒神社ですが、町内の方にお聞きしたら、詳しい事は解らないそうですが、長老からは「どこの町内にも荒神様があり子どもを守ってくれる神様だ。」と聞かされていたとのことです。毎年11月第二日曜日に神主さんと町内の方が約100人程集まり、賑やかにお祭りをされるそうです。また、お正月にはご近所の方がお祀りされているそうです。(2015年1月25日取材)
森忠政が津山城の築城に際し、石垣に使用する石材の切り出しをこの地にて行いましたが、事故などが少なくありませんでした。そのため、家臣に命じて摩利支天を勧進し、お祭りしました。それ以来、庶民の祈願所として崇敬され、石山摩利支天として今日に至っています。
この間、元真嶋郡(現・落合町)にあった極教寺を津山市山方の古観音寺に再興し極教寺とした寺と、明治43年に旭町の南光寺と石山摩利支天堂を合併し、大 谷の現在地に極教寺を移転しました。しかし近くに極楽寺という寺があり混同されることもあったため、昭和12年に寺名を今日の「石山寺」と改称しました。(2009年の取材はこちら)(2009年の紅葉・2010年の桜)2015年4月12日取材
2015年8月1日(土)・2日(日)と多彩な催しもので両日とも賑わい無事に終わりました。
「津山納涼ごんごまつり IN 吉井川」2日目の大花火大会!今年は晴れて暑い日になりましたが、それでも夕刻には涼しくなり、河川敷では大勢の見物客が押し寄せていましたよ!
花火は約5,000発の華麗な打上げ花火でお祭りのフィナーレを飾りました。
役員の皆様ごんご祭り2日間お疲れ様でした。(↑の写真をクリックすると動画がみえるよ)
小田中田中の荒神様 (2015年5月5日・9日、3月31日取材) 子どものお祭り
小田中の由来は田中郷からです。『和名抄』(わみょうしょう)には、田中郷は苫田郡七郷の一つと書かれています。当時の田中郷は、西は現在の筋違橋(す じかいばし)東の宮川まで、北は上河原から南の吉井川まで広い地域であり、城西通り一帯は河川敷であったと書かれています。田中の地名も田中郷に由来して います。
町内の中心には白加美守護神があり、東面には農耕の守護神として荒神社が祀られています。
黒木キャンプ場近くにトヤの夫婦滝があり、毎年7月最後の日曜日(2015年は7月26日(日))には「お滝まつり」があります。(午前10時から午後2時まで)今年はお宝さがしがあり、大人も子どもも必死に探していましたよ。また、滝に登る途中には名物の「ソーメン流し」があり大好評!
周辺では特産品や焼き物の販売もあり賑わっていました。
※滝は黒木ダム湖畔の東岸にあり、駐車場、トイレ等も整っています。
2015年7月25日(土)イナバ化粧品店のみなさんに「川崎町内会の盆踊り」にとお誘いいただき行って来ました。この日は暑い暑い日になりました。それでも、夕方になると涼しくなり過ごしやすくなると、町内会老若男女のみなさんも続々と集まって来られました。イナバ化粧品店のみなさんも盆踊りに参加されて踊っていらっしゃいました。(前回の盆踊りはこちらをご覧ください)
毎年7月30日午後7時頃より堂内で大般若転読法要、境内にて紫灯大護摩の祈願法要が行われる和霊大明神は厄除けの神として、また願い事は必ずかなえてくれると言う津山地方で名高い神様で、祭神は伊予の宇和島藩の家老で仙台藩主伊達正宗の子秀宗に仕えた人で、山家清兵衛公頼公(やんべせいべいきみよりこう)である。
山本神社(高野山西)2015年1月25日取材
山本神社は昭和14年11月吉日 山本繁俊さんが建てたもので個人所有のものです。
山本さんのご親戚の方がお掃除などをされていて、今でも年一回お祭りをしていらっしゃるそうです。
高野山西にある白滝様は、地元の方からお聞きすると「この地区で、戦後いろんなことが起きて地元の人が集まって建てたと聞いている。今でも、5軒ほどで春と秋にみんなで集まってお祭りをしています。回り当番制で、当番の人がお掃除をして、掃除が終わったら、当番さんの家で親睦を図っています。」とのことでした。由緒沿革は定かではないそうです。( 2014年7月3日取材)