2011年1月のイナバ化粧品店さん
2011年1月のイナバ化粧品店の様子です。この額はB'zファンの方が書かれたそうです。
2011年1月のイナバ化粧品店の様子です。この額はB'zファンの方が書かれたそうです。
石垣が素晴らしい。
津山城(鶴山公園)の石垣はすごいです。
津山城を築城した森忠政は信州川中島の海津城から慶長8年(1603)に美作国1円18万6500石を与えられ、美作に入封しました。そして翌慶長9年(1604)に津山城築城を開始したのです。まさに関ヶ原以降の大名の転封、それに伴う新規築城という全国的な大きな流れに乗ったものです。
参考までにこの時期の外様大名による築城例をあげると、加藤清正の熊本城、細川忠興の小倉城、加藤嘉明らの伊予松山城、池田輝正の姫路城、藤堂高虎の伊賀上野城、伊達政宗の仙台城など日本を代表する城があり、津山城もそれらの城と匹敵する規模の城郭でした。さらに、津山城の築城は元和2年(1616)まで続くのですが、これは元和元年の武家諸法度の公布により築城を終了し、一応津山城の「完成」としたものと思われます。(津山城百聞録より抜粋)
▲津山城の石垣。扇の勾配(65度前後が人の目からみて一番美しいといわれている。)
▲冠木門(公園になった為石段を作ったのですが、本当の姿は左右に防備のための石垣があったらしい)
「建武のころ(1334~1337)、すなわち足利尊氏が室町幕府を開いた頃、美作国の西北条部に鶴山という山があり、別名小篠山とも呼ばれていた。その南に留川(戸川)という清浄な川があった。付近には戸川町や林田町があって、毎月の一日と十五日には戸川の市と呼ばれる市がたち、美作国中の人々が群集を成して集まり、さまざまな商品の売買をした」(森家先代実録より)
ここでいう戸川町は吉井川の河原、あるいは川に面した安定し土地と考えられ、その町場を眼前にして、鶴山の中腹には福聚山妙法寺があり、その門前には門前町があったといわれています。
伝承では、妙法寺は津山城の「柳の檀」にあったとされています。この「柳の檀」というのは三の丸の段を指しており、鉄砲櫓の下の付近に大きな柳の木があったとされています。また、城内の煙硝蔵がった付近、現在の鶴山館が位置するあたりも妙法寺の院内であったと伝えられています。
そして、煙硝蔵の一段上の段には大きな桐の木があったことから「桐の檀」と称され、そこには鶴山八幡宮があったと伝えられています。また、戸川町には、後に城下の総鎮守となる徳守大明神が祭られていました。
慶長9年(1604)春、吉井川と宮川の合流点を見下ろす小高い鶴山を城地と定めた森忠政は、まず「鶴山」の名称を「津山」改めたとといいます。そして、その年の秋には手斧始めとして徳守神社を造営し城下町の総鎮守としました。(津山城百聞録より抜粋)
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▲テニス場では若者がテニスを楽しんでいました。 津山西部公園(津山市二宮420)
津山西部公園は、グラウンド・テニスコート・遊具があり子ども達を連れてお散歩に丁度良い運動公園です。
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▲道田さん宅(津山市西中197-6)の2010年イルミネーションです。少し小高いところにありますので、よく目立っています。最初はお孫さんの為に飾ったのですが、毎年出さないと「いつするの?」催促があるのだそうです。
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▲竹内さん宅(津山中核工業団地内)の2010年イルミネーションです。最初は1本の木に飾っていたのですが、寂しいからと次々に増やして来られたそうです。子どもさんが待ち望んでいたそうで、綺麗なイルミネーションを見て大変喜んでいらっしゃるそうです。
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▲清原武則さん宅(津山市大吉10-5)の2010年イルミネーションは超豪華版です。マスメディアにも度々登場!最初は子どもさんの為に離れを建てたのを機にイルミネーションを飾ったそうです。子どもさんの受験などでお休みしていたそうですが、2年ぶりに復活されたそうです。今年は音楽付でわくわくしてきて楽しいですよ。