取材記事内検索

取材記事内をタグ「長法寺」で検索した結果,5件の記事が見つかりました。

2016年、長法寺の紫陽花

1.jpg

長法寺(ちょうほうじ)初夏の風情「紫陽花」
 明治6年津山城が取壊しになった時、城からアジサイの絵を描いた腰高障子を贈られたのを記念して境内に植え、現在は30種、約3000株が群生し、初夏の風情を求めて訪れる人の目を楽しませています。阿弥陀堂(説教堂)は、阿弥陀如来を本尊とし、脇侍に天台大師、伝教大師をおまつりしている。現在のお堂は弘化2年(1845年)西方にあったものを移し、阿弥陀堂兼客殿として再建す。
明治6年(1873年)津山城取り壊しの際贈られた。本丸御殿の鬼瓦、鯱(しゃち)、紫陽花(あじさい)の絵を描いた襖障子がある。(2009年6月4日)(2010年の様子)(2015年の様子)(2016年6月9日、6月13日撮影)

2016年、長法寺の紫陽花の続きを読む

長法寺の大イチョウ

cyo-3.jpg

2015年11月11日に行くと既に大半は散っておりました。(前回の取材)
津山市内からでもここの大銀杏は良く見えます。長法寺のイチョウ(津山市井口)推定樹齢200年。明治の詩人薄田泣菫がその名著「二十五弦」に出した長詩の一節のモデルといわれているイチョウである。薄田泣菫が明治34年10月30日、当寺近辺を逍遥、大公孫樹を見た時の作、彼25才の時なり、詩の全体は三章 百行に亘る大作なり。

長法寺の取材はこちらあじさい祭の様子はこちら

長法寺の大イチョウの続きを読む

長法寺のイチョウの木(津山市井口)

cyo16.jpg

名木百選 「長法寺のイチョウ イチョウ(イチョウカ)」  津山市井口 推定樹齢200年
明治の詩人薄田泣菫がその名著「二十五弦」に出した長詩の一節のモデルといわれているイチョウである。2014年11月20日取材
2009年の取材)(2010年の取材)(2012年の取材)(2014年の取材

長法寺のイチョウの木(津山市井口)の続きを読む

長法寺の紫陽花を見てきました。

c_ajisai4.jpg

2014年7月1日(火)あじさい寺【長法寺】に行って来ました。

阿弥陀如来を本尊とし、脇侍に天台大師、伝教大師をおまつりしている。現在のお堂は弘化2年(1845年)西方にあったものを移し、阿弥陀堂兼客殿として再建す。
明治6年(1873年)津山城取り壊しの際贈られた。本丸御殿の鬼瓦、鯱(しゃち)、紫陽花(あじさい)の絵を描いた襖障子があります。2009年の紫陽花の様子はこちらから名木百選 長法寺のイチョウ

長法寺の紫陽花を見てきました。の続きを読む

【長法寺】あじさい祭と薄田泣菫と田岡嶺雲ゆかりの鐘

800aji6.jpg
▲あじさい祭【長法寺】2010.6.19(土)~20(日)午前9時~午後4時
阿弥陀堂(説教堂)
阿弥陀如来を本尊とし、脇侍に天台大師、伝教大師をおまつりしている。現在のお堂は弘化2年(1845年)西方にあったものを移し、阿弥陀堂兼客殿として再建す。
明治6年(1873年)津山城取り壊しの際贈られた。本丸御殿の鬼瓦、鯱(しゃち)、紫陽花(あじさい)の絵を描いた襖障子がある。2009年の紫陽花の様子はこちらから

【長法寺】あじさい祭と薄田泣菫と田岡嶺雲ゆかりの鐘の続きを読む