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津山城・津山の城下町

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津山城
 津山城は1604年(慶長9年)に着手され、13年後の1616年(元和2年)に完成しました。
 この場所は鶴山を中心とする一帯で、藩主にとっては城下町をつくり、常備軍をひざもとにおいて不意の戦争に備え、農民に対して武士の力強さを誇示できると同時に、藩内の統治にもっとも便利な場所として選定されたものと考えられます。
 形式は丘陵とそのふもとをとりいれた平山城で、縄張(郭.堀.城壁.虎口等の配置規模を決めること)は巧妙で、また施設も堅固にできており、本丸を守るためにとてもよく考えてつくられています。
 山頂に本丸を定め、その西部か堅固な石垣で区切って、ここを天守曲輪とし、中央に五層の天守閣が設けられています。その東側と本丸を東北に向けて強く張り出させたところには特に髙い石垣を築いて櫓を点在させています。また、北側の急斜面はこれを利用して坊塁を築き、東側のがけは急な勾配で宮川に面しているので、そのまま防備に利用されています。

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天守にある「常用の井戸」

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お城の井戸
 雨上がりの津山城跡を訪れた時、石垣から大量の水が噴き出しているのを見かけた。その場所は裏中門南桝形南面の石垣である。津山城跡の中で唯一岩盤が観察される場所である。北斜面の地形を削平し桝形を造出しているが、この時、南石垣面で高さ約1メートル程度にわたり岩盤が削り取られている。石垣はこの岩盤の上に直接積まれており、地下に浸透した雨水はこの岩盤面をつたって石垣から噴き出していたのである。これを見て、丘陵の頂部に位置する本丸の井戸にも水が溜まるということが理解できた。

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津山と松尾芭蕉の縁

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 津山城(鶴山公園)に松尾芭蕉の句碑がある。津山と松尾芭蕉の縁を調べてみました。


 全国に知られた富豪で俳人でもあった蔵合の五代目孫左衛門直良は、元禄(1688-)から享保(1716-1734)年間頃、全盛を誇った蔵合家当主。西鶴が『日本永代蔵』にえがいたのも直良の時代と思われるが、芭蕉とも交友を結び俳人でもあった富豪の面影をしのばす。俳号は「推柳」という。句集『夢三年』(寛政12年、岡山の佐々木松雨が編集)の中に、芭蕉の友人・山口素堂の一文をのせている。その中に「津山の住、推柳子のもとへ赤木氏より、わが友芭蕉の翁が絵かきて自ら賛せるを送らせー」とあり、芭蕉と蔵合直良推柳の交友を窺わせる。芭蕉が送った自画賛については享保元年(1716)に、やはり芭蕉門の俳人・月空庵露川が門人の燕説を供に津山を訪れた時の紀行『西国曲』に次のように記されているという。紀行には蔵合の繁栄ぶりを示す記事もあり、西鶴の『日本永代蔵』をさらに裏付ける。(2015年4月21日撮影)


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2017年津山さくらまつり

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 津山の春の風物詩、「津山さくらまつり」が2017年4月1日より市内各所で開催されますした。今年は4月1日~15日.まで開催され、楽しいイベントが盛りだくさんでした。郷土芸能ステージやお茶席、グルメイベントなど期間中は様々な催しがあり、取材した4月11日・12日はたくさんのお客様が来られていました。さくらの花も満開。また、ことしは桜の状態が良いため、4月16日まで津山さくらまつりが延長されました。

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幻の「佐平焼」が一般公開されました。

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 浮田佐平(初代)が津山の名産品を作ろうと考案した「佐平焼」の特別展示が、2017年11月3日~5日まで佐平館でありました。
 初代佐平さんは、未完成の「佐平焼」を市場に出したのでは津山物産の名を汚すと、当初焼いては倉庫にしまいこんだと言われています。その一部が展示されています。また、蔵を改造した資料館も一般公開されました。(撮影2017年11月3日)★詳しくは(2015年11月9日撮影)、(2017年10月25日撮影

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2017 津山城もみじまつり

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 11月18日から11月23日まで、津山城鶴山公園にて、「津山城もみじまつり」が開催されております。期間中は鶴山公園内にある約300本のもみじがライトアップ(PM17:00~21:00)され、遠くからも石垣ともみじのコントラストがとても素敵です。
また、18・19日のステージイベント、ご当地グルメフェスティバル&つやま地域産品まつり、美作国大茶華会などイベント盛りだくさんの「津山城もみじまつり」でした。(撮影:2017年11月18日)

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【津山人】浮田佐平(1867-1939)

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 浮田佐平は、慶応3年(1867)、父卯佐吉と母柳の間に生れました。
 父卯佐吉は、幕末に筑後屋という屋号で米仲買頭をしていました。明治に入って貨幣改方手代を命じられ、明治21年(1898)には、津山銀行の支配人となりました。
 母柳は明治10年に津山にあった岡山県勧業試験所を習了後、助教を命じられました。明治13年、同所が廃止されることになり、夫卯佐吉とともに養蚕所・製糸場を建設し、後進を養成しました。 
 浮田佐平は、両親から受け継いだ製糸業をはじめとして、多彩な事業を展開していました。
 大正十一年(1922)、五十五歳のとき、陶磁器製造を始めます。佐平は、九谷焼・清水焼・伊万里焼など、全国的に有名な焼物のどれにも似ていない、独自の焼物を開発し、美作の特産品にしたいという目的を持っていました。海外、そして数百年先でも通用する美作特産佐平焼が完成すれば、津山の工業の発展につながると考えていたのです。
 それは、「津山の生んだ事業界の偉傑」と語りつがれている浮田佐平の、壮大な戦いのはじまりでた。

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保田扶佐子画集Ⅱ 刊行記念パーティー

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 2017年9月29日山下の津山国際ホテルで抽象画家で版画家の保田扶佐子さんの作品集Ⅱの刊行記念パーティー(保田扶佐子美術館主催)が開かれました。作品集Ⅱは、30年近く居住し、制作活動を行っているスペイン・バルセロナ市と津山市を往復しながら描いた保田扶佐子さんの絵画、版画の作品集の第Ⅱ集です。記念パーティーでは、ウエルカム ミュージック(現代音楽)が演奏された後、来賓の戸室敦夫さんの祝辞や美味しい食事を頂きながらの歓談、そしてアトラクションでは大いに笑った楽しい記念パーティーとなりました。

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第18回 観月と邦楽の夕べ

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2017年10月04日(水)(18:45~20:45) 鶴山公園動物園跡で、鶴山を考える会主催の「第18回 観月と邦楽の夕べ」がありました。この日は曇り空でしたが、時折見える中秋の名月を背景にした邦楽の夕べはとても幻想的で素敵なひと時でした。(第15回の様子)(第16回の様子)
謡 喜多流 津山喜多会の「高徳」、鶴山プロジェクションマッピング研究会の鶴が舞う~今昔津山の音彩、大島良子・宮川洋・先本潤子さんの月の夜に贈る和洋のしらべ、津山JC創立60周年記念観月スペシャルチームの和っしょい津山~鶴山観月バージョン等がありました。また、茶道裏千家淡交会津山青年部のお茶席が設けられていました。

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