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県立森林公園で命の洗濯をしてきました。

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森林公園のあらまし(2012年5月6日)
 岡山県立森林公園は、岡山県が「明治百年記念事業」の一環として購入した県有林のうち、県北の鏡野町奥津地域と同町上斎原地域にまたがる森林を整備し、"岡山県立森林公園"として昭和50年7月開園しました。
 この公園は鳥取県との県境に位置し、面積334ヘクタール、標高840~1,100mの中国脊梁山地にあり、気候は日本海側気候に属しています。
 森林の大部分は、ブナ、ミズナラ、マルバマンサク、ツノハシバミなどの落葉広葉樹と群生したネマガリダケが主体ですが、一部には県内でも珍しいカラマツ林があるほか、スギ天然林、スギ、ヒノキの人工林もあります。
 尾根筋には、ブナ、ミズナラの大木が茂り、山麓の一部にはマユミの大木が秋見事な赤い実をつけ、また清らかな渓流沿の湿地では、バイケイソウ、ザゼンソウ、オタカラコウなどの湿原植物が季節を追って出現するなど、四季を通じて変化するすばらしい自然景観と眺望はこの公園の特徴です。
開園機関:4月雪解けから11月末日・新緑見ごろ:5月上・中・紅葉みごろ:10月中・下旬(パンフレットより)

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河面 斎田のあった歯朶(しだ)森大明神

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河面 斎田のあったあった歯朶森大明神(2012年1月28日取材)
 植月線河面坂を下り、平地にでる間際の南側山手(喫茶パンの木の裏山)に、ひっそりとした雰囲気の歯朶森大明神(しだもりだいみょうじん)と言われるお宮がある。神社へは、国道から南に入った最初の谷をしばらくいくと、鳥居が見え、境内への上がり口となる。神社らしい森のなかに、小規模ながら鳥居・石段・常夜灯・お宮の本殿とたたずまいをもち、よく手入れされ整えられている。
 伝承によると、平安末期に福井の新宮城に祀られていたお宮が、源平合戦の戦乱に巻き込まれて、落城の後ここに移されたらしい。文化9年(1812年)発刊をみた「東作誌」には、河面村に「歯朶森明神社」の存在が記載されていることからも、昔ながらの神社である。

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岩屋城跡(岡山県指定史跡)

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▲岡山県指定史跡 岩屋城跡

 嘉吉元年(1441)、山名教清が美作国の守護に任ぜられた際に築城されたものと伝えられています。その後、天正17年(1589)8月、野火によって焼け廃城になるまでの148年間、山名、赤松、浦上、尼子、宇喜多、毛利の各氏が、美作国の制覇をかけて激しい攻防を繰り広げられた舞台ともなりました。

 城は岩屋山の山頂に本丸を置き、本丸を中心に三方向に曲輪を配した複雑な梯郭式の山城で、本丸南に馬場、西南には石橋上や椿ヶ峪砦を設け、更に西には小分城を築き防備を固めていました。本丸東には二の丸を置き、その南には三の丸を配しています。東の谷の固めとしては、12本の竪堀を設けています。大手南斜面に見られる大小20箇所以上の防備のための郭は、美作地方では他に類をみないものです。他に井戸、慈悲門寺跡なども残っています。(2011.5.4)津山の文化財より

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千光寺

枝垂れ桜はすばらしい。
当寺のご開祖さまは、実峰良秀禅師のお弟子であり、本寺瑞景寺(大本山総持寺の御直末)の二世綱菴正宗大和尚(1434年没)である。開創年月日応永年間(1394年~1428年)の頃と思われる。

  • 千光寺

M&Y記念館/作家履歴と美術館の紹介

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▲有元利夫ポストカードセットより(許可済み)

有元利夫

1946年 岡山県津山市に生まれる。
1969年 東京藝術大学美術学部デザイン科に入学。
在学中に渡欧した際、イタリアのフレスコ画に強く感銘を受けフレスコ画と日本の仏画に共通点を見出し、岩絵具を用いることを決心する。
1972年 卒業制作「私にとってのピエロ・デラ・フランチェスカ」10点連作が大学買い上げとなる。
卒業後、有元利夫はデザイナーとして電通に勤めるが、1976年より画業に専念。展覧会への出品を重ねる。
1978年 「花降る日」で安井賞特別賞を受賞。
1981年 「室内楽」にて第24回安井賞を受賞。
その後、有元利夫は彌生画廊を中心として数々の作品を発表し、多くの賞を受賞。
1985年2月24日肝臓癌のため逝去。若くして安井賞を受賞し画壇に華々しく迎えられたが、早逝のため、生涯に制作したタブローは400点に満たない。
主に女神を思わせる人物像をモチーフとした作品を好んだ。
岩絵具を使い、風化を意識した絵肌を持たせた静寂感のある有元の美しい作風は今も多くの人々を魅了し続けている。

有元利夫 を楽しむならば・・・ 
小川美術館
住  所 東京都千代田区三番町6-2三番町彌生館1F TEL:075-463-0007
開館時間 11:00~17:00 
休 館 日 企画展時のみの開館(常設展は開催していません)。

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福西雅之さん

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hagaki4_000.jpg中国が元の時代、遠くペル中国が元の時代、遠くペルシャからシルクロード経て、回青(かいせい)と名付けられたコバルト顔 料は、景徳鎮で白地に青色の模様を描くという手法を生み出し、さらに呉須(ごす)と名を変えた顔料は日本の陶磁発祥の地といわれる九州の肥後にたどり着い たそうです。
「青花」という技法で日本に伝えられ、伊万里の絵付磁器となり、ヨーロッパへも輸出されるようになり、世界の人を魅了し続けているそうです。
四世紀を越える歳月が流れた今、日本人はいつの頃からか、焼き物に親しみを込めて「染付(そめつけ)」と呼ぶようになったそうです。器を彩る藍の色は心を 鎮め、どこか懐かしいきれいな色ですね。

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津山高等学校本館(国指定重要文化財) 稲葉浩志さんが通った高校

津山高等学校(津山高校)は稲葉浩志さんの母校です。
NHK連続テレビ小説「あぐり」の撮影にも使用されました。
https://www.e-tsuyama.com/people/inaba/school.html

▲重要文化財「津山高等学校本館」
1955年4月、旧本館が岡山県の重要文化財に指定され、同年12月には国指定の重要文化財となった。明治以降の建築物としては初の指定で、NHKの全国放送や朝日新聞などの全国紙にも大々的に報じられた。
平成9年にはNHKの朝の連続テレビドラマ「あぐり」のロケ撮影にも登場して、全国的に貴重な建物であるとが実証されました。(小学校教員の初任給が8円の時、総工費9,855円だった。)

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