取材記事内検索

取材記事内を検索ワード「夏」で検索した結果,366件の記事が見つかりました。

三橋神社(船頭町)

sendou7.jpg

船頭町の三橋神社と小性町の同名神社は夫婦神社で、元々一つの神社ではないかといわれているが定かではない。
船頭町の三橋神社は寛文3年(1633)勧請され文政年聞になって表門が設けられた。
船頭町の由来は、森氏がこの町の人に年貢米や諸物資の運搬の任にあたらせたのが、町名の由来である。
高瀬舟は、津山舟54隻、長岡舟(八出~柵原)116隻、備前田原舟(和気町)16隻の計186隻が出入りしていた。
橋の上手(東方)には、番所、制札場、高灯龍があった。今津屋橋を架設した今津屋平蔵は、明和元年(1764)に蔵元になったと伝えられている。明治になり交通や営業に制限がなくなり高瀬舟は増加し、船の数は209隻を数えた。しかし、明治31年(1898)に中国鉄道が津山(現津山口)~岡山が開通。以後、高瀬舟は急速に衰退していった。

三橋神社(船頭町)の続きを読む

白玉稲荷大明神(美濃町)

shiratama2.jpg

 東西の通りに面した美濃町会館の二階部分に鎮座する珍しい社。
この美濃町は森忠政が築城に備えて美濃の国の大工などを住まわせた町といわれ、かつては美濃職人町といった。
白玉稲荷大明神の「白玉」に関しては不詳。はじめこの辺りに住んだ五人組頭種谷氏の屋敷神であったといわれる。それが時代の愛遷とともに移り蛮わり、いまでは美濃町の町内神として杷られている。
所在:津山市美濃町 祭神:宇迦之御魂神(うかのみたまのみこと) 創建:慶長年間(1596~1615) 以降
祭礼:夏祭7/28 秋祭10/28
(文:津山城下町まちなかお社巡り 津山まちづくり本舗)(2016年11月30日撮影)

白玉稲荷大明神(美濃町)の続きを読む

旅するアート2016 オープニングイベント取材

アート11.jpg

2016年11月12日(土) 津山城跡(鶴山公園) 13:00 ~14:00 旅するアート2016 オープニングイベントに参加してきました。当日はお天気も良く、帽子が必要なくらいの日差しの中での創作落語でした。話が進むにつれて、やたらと津山の芸術文化に詳しい方だと思ったら、それもそのはず、高橋 直裕氏は元世田谷美術館学芸員でした。
 鍬形蕙斎の「江戸一目図」を前に話に興ずる長屋のご隠居と八五郎。描かれた風景や人物を流暢に講釈するご隠居に八五郎は舌を巻くが・・・。津山の絵師、飯塚竹斎。無名だった竹斎が晴れて津山城の襖絵を描くに至ったその訳とは・・・。津山ゆかりの絵師二人の物語。等々とても興味深く聞かせて頂きました。

旅するアート2016 オープニングイベント取材の続きを読む

小桜神社(河原町)

kozakura2.jpg

河原町は17世紀初めには「瓦町」の記述もあるが、後に、吉井川の河原に出る道があったことによりついた。
修験者大福院宅跡説や伏見町の小棲屋という屋敷に祀られていた故に小桜の名になったという説がある。
正徳2年(1712)に勧請、宇迦之御魂神(うかのみたまのみごと)を把るお稲荷さんの町内神。
所在:津山市河原町12 祭神:宇迦之御魂神(うかのみたまのみこと〉 創建:正徳2年(1712)勧請 祭礼:夏祭7/24 敬老祭9/15 秋祭10/24
(文:津山城下町まちなかお社巡り 津山まちづくり本舗)(2016年11月30日撮影)

小桜神社(河原町)の続きを読む

御先神社(田町)

misaki4.jpg

城下町津山に残る多くの小社の中で、風格ある社建築を持つこの御先明神も古い歴史を持っている。
森家の家臣吉田作左衛門が、二宮高野神社境内にある御先神社を寛永年間にこの地に勧請した。
吉田邸は刃傷沙汰の伝承のある侍屋敷。その話に絡んで稲荷神の「うかのみたま」のお使いである狐を屋敷神として杷ったもの。現在の社は明治時代の建造である。
所在:津山市田町 祭神:お稲荷様=倉稲魂命(うかのみたまのみこと) 創建:寛永年閣(1624~1643) 以降
祭礼:夏祭7/28 秋祭10/28 初午祭2/28(文:津山城下町まちなかお社巡り 津山まちづくり本舗)(2016年11月30日撮影)

御先神社(田町)の続きを読む

津山城完成400年記念「徳守神社の秋の大祭」

toku6.jpg

本年、津山城完成400年を記念し、従来行われていた徳守神社大祭を大きく進化させ、その一つの姿として、奴通りにて新たにお旅所を設け、津山総祓神事を執り行うこととなりました。
 当社は、1604年に津山藩初代藩森忠政公にて現社地に造営されました。当時はまだ不安定な時代で津山城築城に当たり、津山城とその城下町の守護神として造営されたと伝えられています。大坂夏の陣にて使用された鉄盾を森公が当社に奉納されたのもその証の一つと言えるでしょう。
 この度の徳守大祭は、当社の時代背景の具現化を目指し、甲冑と火縄銃をテーマに企画されております。当時津山でも組織されていた津山城鉄砲隊が、その子孫により復活をしており、今年よりと徳守大祭に初参加いたします。また、古くは徳守大祭の神輿行列はカ甲冑を装着しての所役もあり、この故事から現在甲冑を正装として活躍されている、備州岡山城鉄砲隊にもご参加いただきます。(文:徳守神社案内より)(2016年10月23日撮影)

津山城完成400年記念「徳守神社の秋の大祭」の続きを読む

お散歩 衆楽園の朝

kaeru.jpg

2016年8月22日の衆楽園をぐるりと回りお散歩してきました。蒸し暑い日が続く8月後半ですが、それでも幾分朝夕が涼しくなり、過ごしやすくなってきました。衆楽園のもみじも少し色づいておりましたが、これは紅葉の始まりではなく、暑さのせい?ところで、スイレンが可愛く咲いていたのですが、池を覆い尽くすのはどうだろう。それとガマガエルの子ども沢山いて、時々息継ぎに浮かんできます。

お散歩 衆楽園の朝の続きを読む

津山洋学資料館夏季企画展「言葉の海へ」

23.jpg

2016年7月2日(土)~9月25日(日)「言の葉の海へ-オランダ語翻訳に挑む-」が津山洋学資料館で開催されています。
 江戸時代の日本は厳しく海外との交流を制限しており、ヨーロッパ諸国の中では唯一オランダとだけ交易を行っていました。そのため西洋の学術や文化はオランダ船によって長崎の出島にもたらされました。蘭学者たちは、西洋の学問を学ぶため、オランダ語の翻訳に挑みました。そして新しい知識を得て、まだ日本にないモノや概念には、新しい言葉を作りだしました。(2016年7月17日撮影)

津山洋学資料館夏季企画展「言葉の海へ」の続きを読む

「じ・ば・子のおうち」で「夏のお泊まり会」

jibako14.jpg

2016年8月11日・12日、二日間にわたり「じ・ば・子のおうち」で「夏のお泊まり会」が行われました。
17時から子どもたちが続々集まり、バーベキューや、花火、肝だめし(怖いのは嫌な子は夜の散策)をしました。夜は「おうち」だけでなくテントで泊りたい子もいて、めいめい別れて就寝・・・のはずでしたが、興奮しきった子どもたち。ほとんど寝ていない子もいました。
それでも二日目は全員でラジオ体操。ご飯と味噌汁とシシャモと漬け物、という朝御飯をいただきました。ご飯の後は、今後のじば子の活動に向けて子どもたちにステキなものをつくって貰いました。
お昼はおじいちゃん渾身の素麺流し。昼ごはんにはちょっと早かったけれど、暑い中、涼やかな流しそうめんをいただきました。(2016年8月11日撮影)(文:じば子のおうち Facebookより)

「じ・ば・子のおうち」で「夏のお泊まり会」の続きを読む

久米の市民プールレインボー

re10.jpg

2016年8月11日の祭日の暑い日に、津山市久米総合運動文化運動公園内にある市民プールレインボーへ行って来ました。
ここは、運動公園の中にある市営プールで、夏季限定の室外プールと年中利用できる室内温水プールがあります。流れの速い夏季限定の流水プール、スピード感いっぱいのウォータースライダーでは子ども達の歓声があがっていました。真夏の暑い日でしたが、比較的すいていましたよ。

久米の市民プールレインボーの続きを読む