津山城(鶴山公園)の藤の花
2016年4月20日・5月3日の津山城(鶴山公園)の藤の花です。藤の花の香りがとてもよかった!津山城(鶴山公園)の白と薄紫・赤紫の藤の花ですが、案外長く楽しめますのでゴールデンウィークの頃、本丸の藤棚で風に吹かれて市内を眺めるのもまたいい感じでした。
2016年4月20日・5月3日の津山城(鶴山公園)の藤の花です。藤の花の香りがとてもよかった!津山城(鶴山公園)の白と薄紫・赤紫の藤の花ですが、案外長く楽しめますのでゴールデンウィークの頃、本丸の藤棚で風に吹かれて市内を眺めるのもまたいい感じでした。
年々綺麗に整って綺麗に咲き出したしば桜を2016年4月20日~22日の両日見てきました。昨年よりは数段おごってきて綺麗でしたよ。また、大島桜や八重桜・少し早いけど藤の花とのコントラストはいいですよね~。
津山城(鶴山公園)のさくら 2016年4月5日・6日・8日を撮っていたので特集してみました。
とても綺麗に咲いていて全国の皆さんにどうやったらこの綺麗さが伝わるか考えながら取材してきました。津山城の石垣も素敵だし、さくらの花が咲いたころの津山城(鶴山公園)は津山で育った子等みんなの誇りです。⇒ 津山城(鶴山公園)の過去の取材記事総合です。
日吉神社 大字宮部上
此の社の由緒は拝殿の額によると、祭神は大山紙神で、嘉吉年間、山名教清が岩屋城を築くに当たり、その部将を派して此の地に城塞を築き、近江の国坂本から山王権現の分霊を勧請して守護神としたのが此の宮の起元である。その後兵乱により城塞は失われ此の神社のみが山上に残っていたものを、江戸中期に至って此の地方の人が之を山麓に移し、本社にならい「日吉神社」と改めて今日に至ったものである。本社は元、官幣大社日吉大社で、全国3796の分霊社の一つであるというのである。
2013年5月3日午後に思いついて津山城(鶴山公園)へ上がってきました。上がりがけには小雨がぱらついて来て、大慌てで写真だけ取ってきました。淡い色の藤の花がとても綺麗でした。昨年は見ていられないほど少ない花でしたが、今年は多くの花がついていましたよ。昨年の様子はこちら 2010年の様子
2013年5月3日のグラスハウス南側にある藤棚です。ここからはグラスハウスの温水プールや周りの景色が新緑の風になびいています。ベビーカーを押しながら坂道を上がって来られた若いおかあさんもいらっしゃいました。2010年の様子はこちら
2013年5月3日の神楽尾公園の藤の花と、つつじが新緑に映えて綺麗でした。ゴールデンウィークも重なってゴーカートの待合には多くの家族連れが来られていましたよ。藤棚は2つあるのですが、白い藤の棚は咲いていませんでしたが、紫の藤の花は綺麗に咲いていました。また、つつじが綺麗でした。2010年の様子はこちら
津山市総社の小林敏隆さんのお宅で、ふるさと資料館「温故懐館」春の特別展が2013年5月1日~3日まで開かれました。「温故懐館」春の特別展は、津山市総社保育園近くに目印の看板がありました。今年は白と紫の藤の花やボタンの花がとっても綺麗に咲いて出迎えてくれました。
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2012年5月6日の津山城(鶴山公園)のつつじです。今年は花のつきがいま少しといったところです。でも色とりどりのつつじが綺麗でした。藤の花はさっぱり咲いていませんでした。少しがっかり!この日はお天気も良くてゆっくりベンチで友人と語り合いました。緑が一杯の津山城(鶴山公園)本丸から見る津山市内はまたいいものです。みなさんもいかがですか?(過去の取材)
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▲荒神山城跡(2011.5.14)手前はやまなみ街道です。(荒神山123番地の1)
荒神山城跡は、元亀(げんき)元年(1570)に宇喜多氏の武将花房職秀が築城し、わずか24年後の文禄3年(1594)には廃城となった短命な山城です。
本丸を中心とした曲輪の配置は、連郭式と輪郭式の複合したものであり、枡形虎口の存在、瓦葺き建物の存在を示す大漁の瓦、大規模な井戸跡、本丸周辺に認められる石垣など、中世から近世への過渡期のいわゆる職豊系城郭の特徴を顕著に示しています。