津山市神代のアジサイの花
津山市神代(こうじろう)の梅の里公園を美咲町方面に向けて走ると、ほどなくして道の両脇にアジサイの花が咲いています。昨年、綺麗に咲いていたのを思い出して通って来ました。今年も瑞々しいピンクや紫の色とりどりのアジサイの花が咲いていてとても綺麗でした。(2018年7月1日撮影)
津山市神代(こうじろう)の梅の里公園を美咲町方面に向けて走ると、ほどなくして道の両脇にアジサイの花が咲いています。昨年、綺麗に咲いていたのを思い出して通って来ました。今年も瑞々しいピンクや紫の色とりどりのアジサイの花が咲いていてとても綺麗でした。(2018年7月1日撮影)
2018年6月3日(日)に津山駅ホームで、津山市、美咲町、(公社)津山市観光協会と連携した、津山線開業120周年記念「美作国地酒列車」の歓迎おもてなし行事がありました。岡山駅を9:22分発で中国勝山駅12:18着、帰りは中国勝山駅15:35発の岡山駅18:50着の折り返し運転です。津山駅でお迎えしていたのですが、降りて来られた皆さんが楽しそうなので今度は乗ってみたいと思いました。それに「黄福のホルモンうどん」が販売(幸福のまち 美咲×牛肉の聖地 津山 特別企画)されているのを初めて知り、美味しそうなのでゲットして帰り美味しくいただきました。お味もまろやかでしたよ。
2018年3月30日の森本家とつやま自然のふしぎ館です。
森本家は、錦屋を屋号とし、伏見町で呉服商を営む津山藩の御用商人だったそうです。先祖・森本儀太夫(永禄6年<1563>生まれ)は加藤清正の重臣で熊本城下に居住しており、その弟一族が津山藩主森忠政に召されてこの地に土着し商人となり、藩主森家・松平家に仕え、町年寄、札元などを勤め藩政の御用にあたってきた家で、9代目の藤吉さんは津山銀行頭取(明治12~42年)や町会議員を務め、町の発展に尽力されました。(呉服商の店は明治42年まで続けられていたそうです。)
藤吉さんの子・慶三さんは、明治33年、両親に無断で内村鑑三に入門しようとするが、最初は断られ、のち、両親の許可を得た上で入門を許され、東京帝国大学農科大学に学び、内村鑑三が日曜日に自宅で開く聖書講義に毎週欠かさず出席し、その教えに共鳴し、明治34年にはキリスト教に入信。明治44、45年には内村鑑三を津山に招き、聖書講演会を開くなどキリスト教伝道に努めたそうです。
昭和30年頃の鉱山の様子や鉱山町の暮らしぶりを再現した資料館
昔なつかしい鉱山町を実感できる、鉱山町のにぎわいコーナー。立体絵日記で見る坑夫一家の暮らし、鉱山町のくらしコーナー。柵原の歴史や片上鉄道の歴史が一目でわかる、柵原の歴史コーナー。実物大の坑道が体験できる、採掘最前線コーナー。貴重な映像で鉱山町の歴史がわかる、鉱山町の映像コーナー。採掘から輸送までが一目でわかる、鉱山町展示コーナー。立体鉱山コーナーなどもあり親子で楽しめます。
エレベーターを降りると、そこはもう地下400mの坑道の中。
岩にダイナマイトを入れる孔をあけたり(削岩作業)、鉱石をすくったり(タイヤローダー)、かき集めたり(スクレイパー)、きみたちが見たことのない珍しい採堀作業が本物で見られるぞ。
柵原鉱山(やなはらこうざん)は、岡山県久米郡美咲町(旧柵原町)にあった、黄鉄鉱を中心とした硫化鉄鉱を主に産出した鉱山である。岩手県の松尾鉱山とともに日本を代表する硫化鉄鉱の鉱山であった。(文:美咲町HPより)(2018年1月21日撮影)
旧片上鉄道吉ケ原駅駅舎 1)交通/鉄道 2)久米郡美咲町吉ケ原432-1 3)昭和6(1931)年
片上鉄道は、柵原鉱山の鉱石を輸送するため、大正8年(1919)年に設立されました。大正12年1月に片上-備前矢田間を延長した後、昭和6年に柵原まで開通しました。鉱山鉄道としてのみならず、地方鉄道として住民にも利用されましたが、平成3(1991)年に廃止となりました。
吉ケ原駅は三角屋根の洋館風駅舎で、保存もよく、現在は鉱山資料館の一部として公開されています。
亀甲駅(かめのこうえき)は、岡山県久米郡美咲町原田にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)津山線の駅である。駅近くに亀の甲羅のような岩(亀甲岩)があることから「亀甲」の名がある。
津山駅管理の簡易委託駅で、早朝・深夜を除いて出札窓口の営業がある。以前は携帯車発機により乗車券を発券していたが、現在はPOS端末による発券をしている。
亀をモチーフにした外観の駅舎が特徴的である。駅舎の屋根の上は、亀の頭の形をした時計(目の所)がある。(文:ウィキペディアより)(2017年9月15日撮影)
津山市から備前市の閑谷学校に行く途中に八塔寺ダム(備前市吉永町高田)がありますが、その周辺が八塔寺川ダム公園となっております。昨年、友人が行って綺麗だったと聞いていたので今年は訪ねてみました。昨年は11月の20日が丁度紅葉真っ盛りだと聞いていたのですが、今年は終わりがけでした。それでも十分に綺麗でしたよ。吉井川に沿って細い道を入ると植えてあるモミジのトンネルがとても綺麗です。車から降りて川沿いを散歩すると気分転換にもってこいです。(2017年11月19日撮影)
幻住寺(げんじゅうじ)由緒(2017年6月4日撮影)
昔、後醍醐天皇が幕府により隠岐島に流された。その道中、津山の院庄に一週間程滞在された。ある夜、夢枕に老僧が立ち、「私は西の方角にある髻山の僧です」といい、「ご落胆なさいますな」と励まし、「きっと救われましょう」といって消えた。天皇は翌朝目を覚まされ、供の者にこのことを話され、さっそく供の者を西方にあたる髻山(もとどりやま)に行かせたところ、古寺があり、昨夜の夢に出た僧が住んでいたという。(続きはこちらから)
2016年11月12日に衆楽園を訪ねてきました。
まだモミジは紅葉真っ盛りとまでは言えませんでしたが、園内は紅葉したモミジとまだ青い葉っぱのモミジとがコラボして綺麗でした。また、水面に映る紅葉したモミジもいいもんですね。この日は美咲町の小学生たちが学習に来られていて園内は子ども達の声で賑やかでした。子ども達が歴史的な場所に居るというのはいいもんですね。ほっこりしましたよ。