取材記事内検索

取材記事内を検索ワード「門」で検索した結果,740件の記事が見つかりました。

つやまギャラリーⅣ 「尾上紫舟と内田鶴雲」

mu20.jpg

2015年12月3日(木)~12月10日(木)市指定重要文化財 旧妹尾銀行林田支店(旧洋学資料館)に於いて「尾上紫舟と内田鶴雲」がありました。二人は共に津山の生まれだったそうで、尾上柴舟は、明治9~昭和32津山市田町生まれ、内田鶴雲は、明治31~昭和53津山市新野山形(旧勝北町)生まれです。「旧妹尾銀行林田支店」は、市指定重要文化財(建造物)で、昭和53年~平成21年津山洋学資料館として利用していた建物です。神社仏閣風の外観を持つ本館とレンガ造りの展示室からなる和洋折衷の建物で、大正期の優れた建築技術を示す近代建築の建物です。(2015年12月9日撮影)

つやまギャラリーⅣ 「尾上紫舟と内田鶴雲」の続きを読む

津山城(鶴山公園)のライトアップ(夜景2)

yorukaku28.jpg

光と紅葉のファンタジー「秋の陣」(2015年11月13日~23日)2015年11月22日の津山城(鶴山公園)のライトアップの様子です。裏門から本丸まで登る途中のモミジが月と重なってとっても綺麗でした。ご一緒に登られた方は他府県の方で「よっこらしょ!、やっこらしょ!」と声かけながら登りましたよ~。ほんとに昔の方々は袴や着物でこの階段を上っていたかと思うと尊敬してしまいます。また、ライトアップされた備中櫓と和傘アートがコラボして素敵な夜でした。

津山城(鶴山公園)のライトアップ(夜景2)の続きを読む

津山城(鶴山公園)のライトアップ(石垣編)

yorukaku21.jpg

2015年11月22日の津山城(鶴山公園)のライトアップ石垣編です。本丸の石垣に映し出されたイチョウとモミジの木のコントラストがいいなぁ~と思いました。この石垣は津山城(鶴山公園)の中では一番古い石垣だったと思います。自然の石垣マッピングにとてもロマンを感じてしまいました。

津山城(鶴山公園)のライトアップ(石垣編)の続きを読む

もみじが美しい大雄寺です。

daiouji27.jpg

 百丈山 大雄寺は慶長の末(西暦1610年代前半)に、森家の重臣 原家の親族である伝室玄悦和尚が開山となり創建されたお寺です。四季を通してとても綺麗な参道があり、城西地区のちょっとしたスポットです。(2015年12月7日撮影)前回の取材はこちらから

もみじが美しい大雄寺です。の続きを読む

津山洋学資料館で見ることが出来るオランダ正月

800-1yougaku3.jpg
日本の「和食」が2013年にユネスコの無形文化遺産に登録されるなど日本の食文化が国際的なブームになっているのをマスメディアで多々見かける今日この頃ですが、なんと出島のオランダ正月料理のポスターを津山洋学資料館で見つけました。津山に縁の深いオランダの正月料理はこんな料理だったのだと思い、津山のみなさんにも知ってもらおうと、長崎市にお問い合わせをし、ポスターならOKとのことで許可を頂きましたのでご紹介しますね。(2015年1月9日許可済)

津山洋学資料館で見ることが出来るオランダ正月の続きを読む

2015年 宵のまち歩き「徳守神社の文化財だんじり見学」

tsua3.jpg

2015年10月24日(土)「宵のまち歩き」(宵祭りを楽しむ会)が行われ行ってきました。
 約30名が参加し、文化財のだんじりや神輿・田町子ども奴の練習風景を見学してきました。
まずは城西浪漫館長でもあり、だんじり研究家で知られる延原誠さんがガイドを努めてくださり、徳守神社の大神輿に続き、祭りの安全祈願に訪れただんじりについて説明してくださいました。その後、田町こども奴行列の練習に立ち寄りました。最後に、宮脇町の休憩所でお接待を受けながら、再度、各町内のだんじりの説明を受けました。参加者の皆さんはほろ酔い加減で説明を聞き大満足でした。

2015年 宵のまち歩き「徳守神社の文化財だんじり見学」の続きを読む

真福寺(勝間田)の大銀杏

katsumada13.jpg

岡山県勝田郡勝央町勝間田647 真福寺

弘仁五年、僧空海開基と伝え、美作の国間山に、天長年間、仁海常上人がこれを開山した。天文年間戦火により消失す。
その後、勝北町平村に再建せしも再び火災に遭い、天正十六年(一五八八)勝間田の住人(福田玄蕃勝昌の子孫)福田左兵衛門氏が勝間田西方の田地の寄進あり、 正保年間、快養和尚が再建、天明二年(一七八二)自盈和尚本堂を再建、嵯峨大覚寺末寺となる。
戦後昭和二十四年高野山真言宗となり記念事業とし当山第二十一世全戒和尚により鐘楼堂を建立現在に至る。(高野山真言宗 美作八十八ヶ所霊場HPより抜粋)2014年11月16日取材

真福寺(勝間田)の大銀杏の続きを読む

天石門別(あめのいわとわけ)神社(美作)

12.jpg

 美作三宮といわれる天石門別(あめのいわとわけ)神社は、社殿の後に滝があることから滝宮とも呼ば れています。創建は不詳ですが、社伝によると吉備津彦命が古代吉備の国平定のため西下した際、当社の祭神天手力男命(あめのたじかろうのみこと)の助けで 平定できたお礼として、当地を選び、自ら祭主となって鎮斎されたと伝えられています。社地には、籠殿、拝殿、本殿が整っているうえに、古代祭祀遺跡「盤 境」(いわくら)といわれる石積の塚も残っています。環境庁・岡山県(看板より)

天石門別(あめのいわとわけ)神社(美作)の続きを読む

天台宗 長寿山 石山寺のつつじ

isiyama23.jpg

 森忠政が津山城の築城に際し、石垣に使用する石材の切り出しをこの地にて行いましたが、事故などが少なくありませんでした。そのため、家臣に命じて摩利支天を勧進し、お祭りしました。それ以来、庶民の祈願所として崇敬され、石山摩利支天として今日に至っています。
  この間、元真嶋郡(現・落合町)にあった極教寺を津山市山方の古観音寺に再興し極教寺とした寺と、明治43年に旭町の南光寺と石山摩利支天堂を合併し、大 谷の現在地に極教寺を移転しました。しかし近くに極楽寺という寺があり混同されることもあったため、昭和12年に寺名を今日の「石山寺」と改称しました。(2009年の取材はこちら)(2009年の紅葉2010年の桜)2015年4月12日取材

天台宗 長寿山 石山寺のつつじの続きを読む