岡山県立津山高等学校(岡山県立津山高等女学校)の今昔
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消えゆく山下校舎 1962(昭和37)年 ≪岡山県立津山高等女学校、岡山県立津山女子高等学校、岡山県立津山成美高等学校、山下校舎≫
1903(明治36)年の女学校開校以来、戦後の女子高等学校山下校舎と、美作の女子中等教育に大きく貢献したこれらの建物は、椿高下新校舎の完成を以て幕を閉じることとなった。
(資料提供:岡山県立津山高等学校)
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消えゆく山下校舎 1962(昭和37)年 ≪岡山県立津山高等女学校、岡山県立津山女子高等学校、岡山県立津山成美高等学校、山下校舎≫
1903(明治36)年の女学校開校以来、戦後の女子高等学校山下校舎と、美作の女子中等教育に大きく貢献したこれらの建物は、椿高下新校舎の完成を以て幕を閉じることとなった。
(資料提供:岡山県立津山高等学校)
山本神社(高野山西)2015年1月25日取材
山本神社は昭和14年11月吉日 山本繁俊さんが建てたもので個人所有のものです。
山本さんのご親戚の方がお掃除などをされていて、今でも年一回お祭りをしていらっしゃるそうです。
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北山に、こあざ五輪谷といわれるところがあります。
ここには、くずれ落ちてうもれた五輪墓の墓石がたくさん出てきます。くわしく調べられていないので、どのくらいの数がうまっているのかわかりません。
今までに、出てきた墓石を一か所に積みあげてありますが、およそ百こ以上もあります。組みたてたら、りっぱな五輪墓となることはまちがいありません。
では、なぜこの地にこのような五輪石がたくさん出てくるのでしょうか。研究している人の話では、ここにお寺があったのだろうということです。五輪石は仏教の墓だからです。
石の大きさやかたちなどから考えて、室町時代から戦国時代のおわりまでのものではないかといわれています。さらに、くわしく調べると、文字のきざまれた石も発見することができるかもしれません。
今年もウッドパーク声ヶ乢の紫陽花が綺麗に咲き誇っていました。(取材2014.7.1)
毎年、来ておりますが、今年の紫陽花は雨の後でもあり特別きれいに見えました。ここは、広戸仙への登山口にあたる標高530mにあり、津山の町並みを一望できる素晴らしい所です。
春にはソメイヨシノやヤエザクラ、ヤマザクラなど1200本の桜目当てに多くの人が訪れ、さくらまつりを楽しみます。また、秋には紅葉が美しい所でもあります。 ウッドパーク声ヶ乢の様子はこちらから
2014年3月16日の千光寺のお花たちです。
史跡 美和山古墳群(2014年4月6日)
津山市民は、美和山古墳群を、美作地方の代表的な古墳群として守ってきましたが、宅地造成で、この附近一帯が壊されることがわかり、市が土地を買い取って、1977年、国の史跡として指定を受けました。
さらに市は1984年から8年間かけて史跡公園として整備し、市民が文化遺産に親しむと共に、いこいの場となるように工夫しています。
2014年4月1日の千光寺の椿の花
椿も色々と種類があって楽しませてくれます。椿の種類は800~1000種類くらいあるらしい。千光寺さんにあるのは、自然交配したものもあるそうです。
2014年4月1日・2日の千光寺のこぶしの花です。
淡いピンクと真っ白いこぶしの花が咲いていました。本堂横にはしだれざくらが満開の様子です。ここ千光寺は槍墓、樽墓でも有名ですね。それに椿の種類が多いのも特徴です。
2014年と3月2日と3月19日梅の花を探しに丹後山へ行って来ました。ここは昔、津山藩の重臣大塚丹後守の屋敷があったことが名前の由来。宮川を挟んで津山城跡と向き合い、桜の名所としても知られています。山頂には津山測候所や、キリ スト教の墓地等があります。城東地区と丹後山は深く関わり、山頂への道は5本を数えます。上之町通りから山頂までは10分で登れます。(2010年2月の丹後山)
2014年3月2日に津山城(鶴山公園)のお雛様を見に行き、ついでに散策してみました。
ぽかぽかの陽気に誘われて咲いている花がありました。一輪だけぽつんと咲いている花の名前はヒメリュウキンカだと教えていただきました。津山城(鶴山公園)内を回ると菜の花やフキノトウが顔をだしております。もう少しすると白モクレンの花が美しく咲くことでしょうね。