水原古墳 伝黒姫塚(旧勝北町)

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黒媛伝説
 黒媛は吉備の海部直の娘で、容姿端麗であったために都に召され、仁徳天皇の寵愛を受けながら、皇后の磐媛の嫉妬にあい故郷である山方(形)の地へ帰された。その黒媛を慕って仁徳天皇がわざわざ草深い山方(形)を訪れ逢瀬を重ねたという古代のロマンスが「古事記」に載っています。
 この伝説は、八幡神社の由緒にも記されています。そして、この水原古墳は「黒媛」の墓(黒媛塚)だとされており、他にも山方(形)地内には、黒媛が住んだ所といわれる地名などが今も残っています。古歌にも仁徳天皇が山方(形)の地に黒媛を訪ねたときに詠んだ歌、黒媛が返歌を詠んだものなど、この地にゆかりの深いと思われるものが少なくありません。
昭和12年4月、この古墳が発掘されたことは勝北町誌にも掲載されていますが、当時の出土した陶棺などは、現在、東京国立博物館に保管されています。2012年10月25日取材(文:看板より)

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仁徳天皇の古代のロマンスが「古事記」に載っています。

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水原古墳

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水原古墳(伝黒媛塚)
昭和12年(1937)に発掘した横穴式石室の古墳、陶棺(長さ222㎝高さ84㎝)勾玉、管玉、ガラス玉、銀環銅環、刀子などの出土品は東京国立博物館に保管。
 古事記下巻にある吉備の山県における仁徳天皇と黒媛の美しいロマンは、山形の地名が遺るこの地の物語と古くから語り伝えられており、この古墳を黒媛塚という。(勝北町教育委員会)

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水原古墳

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