
作州忍者「鶴丸隊」令和7年度総会

ゆるこみ×寺コス津山のコラボ

第8回 つやま綱引き大会 2025-2

津山城東リノベーション展+第10回アーキテクツ・オブ・ザ・イヤー アンダーリノベーション津山巡回展

令和7年(2025)2月22日10時~11時津山東公民館会議室に於いて「作州忍者鶴山隊総会」が執り行われました。結成6周年を向かえ名実ともに活動が拡大されてきています。
「新入隊の方をお迎えしての総会は、令和7年度の活動方針も承認され、また、更に地域の観光振興の一助になれるように、心一つに致しました。今年度も引き続き、ご支援をいただきますよう、よろしくお願い致します。国際忍者学会津山開催、隊員222名を目指して、忍々」
克丸隊長の開会のあいさつです。
記念講演の講師は今村津山市観光協会専務理事です。
議長に選出された金田津山市議です。
本山県議会議員の質疑応答も和やかに。 くノ一さんです。
質疑応答や要望もありました。 閉会の挨拶は禿丸隊員です。
交通安全動画コンテストに入賞及び表彰式へ作州忍者鶴山隊の一員として出席したくノ一おはる。
会場内には忍者についての詳しいいきさつなどが展示してありました。
※国宝 松江城 制定10周年記念イベントお城EXPOが2025年6月28日・29日に松江で開かれます。
また、2025年9月13日(土)・9月14日(日)に松江市にて国際忍者学会の総会・大会・懇親会・巡検が開催されます。
空から見た津山城(鶴山公園)
津山城(鶴山公園)の精巧な模型 祝電披露
令和2年10月29日 国立国会図書館に
忍者と津山藩に関する文献の提供をお願い。
上記についてお調べしたところ、甲賀忍者の伴氏一族と津山藩の初代藩主「森忠政」と甲賀に関する資料1が見つかりました。
これによると、森家では三男の森蘭丸、四男の森坊丸、五男の森力丸が織田信長に仕えていました。六男の森千丸(忠政)も1582年、13歳の時に仕え始めましたが、信長の前で梁田弟河内守にからかわれ、千丸は扇子で相手の頭を叩いてしまいました。信長にまだ使えるには早いと判断され、母の妙向尼のもとに戻されて共に安土城で暮らすことになりました。
同年6月2日に起きた本能寺の変で、織田信長に仕えていた三男・蘭丸、四男・坊丸、五男・力丸、森家と関係があった甲賀忍者が討死しました。これを伝え聞いた伴惟安(資料2pp.137-138参照)は、森家の次男長可に大変目をかけてもらっていたので、信長の居城(安土城)が攻撃されることを察し、千丸とその母(妙向尼)が殺されるのではないかと一族で話し合い、4日かけて安土に向かい、5日かけて親子を甲賀へ連れ帰り、自分の家に住まわせて一族で警備をしました。長可が信州を引き払って金山に帰ってくると同年9月11日に甲賀に迎えを送りましたが、伴氏は道中の危険を心配して伊勢街道をお供し、伊勢国で千丸と妙向尼を金山の迎えの者に引き渡したそうです。この忠義によって、1584年の暮れには甲賀に迎えが送られ翌年の春には伴惟安は森家に仕えるようになったようです。
との回答が寄せられました。