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取材記事内を検索ワード「出雲街道」で検索した結果,177件の記事が見つかりました。

高山夏希展「モノたちの記憶、あかくなる結節点」

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2025年11月29日[土]~12月21日[日]ポート アート&デザイン津山で、高山夏希展「モノたちの記憶、あかくなる結節点」が開催されていて12月10日に伺ってきました。
 ポート アート&デザイン津山に着いてすぐカウンターの布の芸術や戸袋に衝撃を受け、次に中庭の展示を拝見しているうちに、まるで東京の美術館にでもいるような錯覚に陥りました。芸術は時には私を異次元の世界に引き入れてくれる不思議なものです。

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神代の四季桜(真庭市)

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神代(こうじろう)の四季桜 (2025年11月15日撮影)
 後醍醐天皇の足跡の一つに、後醍醐天皇にまつわる伝説のある「神代の四季桜」があり訪ねてきました。ここは、四季桜と紅葉の名所として知られ、丁度見ごろを迎えていました。
 後醍醐天皇が隠岐に御遷幸のとき、この地でご休憩の折、馬丁の不注意で満開の桜を散らしたので
  春も咲け夏秋も咲け冬も咲け
   四季の桜と名を授けお・・
とお詠みになった。
それ以来、この桜は旧暦の四季に咲くと伝えられ、今はその何代目かの樹である。真庭市教育委員会

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出雲街道 鮒越の乢(真庭市)

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鮒越の乢(ふなこしのたわ)
由来:此の処鮒越乢は出雲街道として京に通ずる官道で重要な交通路として栄え、その昔、後鳥羽上皇、後醍醐天皇が隠岐へ配流の途時、此の地へ足を運ばれたと伝へ聞く。
 東より西へ、西より東へと大小の鮒が峠を越えるような形の畑があり、土地の人々は鮒畑鮒越乢とよび、鮒越の地名が今も残る。しかし時の流れと共に昭和五十六年道路改良工事の為、西側の鮒畑は姿を消し、平成十年より岡山県が進めて来た県北流通センター工事に伴い、東側の鮒畑も今では尾鰭をわずかに目にする事が出来るのみとなった。ここにその名残りを惜しみ後世にこの地名の由来を記し此れに残す。平成十戌寅年四月吉日建之(文:現地説明碑より)(2025年11月15日撮影)

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【津山人】郷土史家 橋本惣司さん

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 私は20年くらい前から橋本さんが講師を務める歴史講座に参加しています。
長年子どもたちに教えてこられただけあって、歴史音痴の私でもすぐのみ込めるほど、とてもわかりやすく解説してくださいます。おかげさまで、今でも苦手の歴史に楽しく触れることができています。
 津山の歴史講座受講者はほとんどが年配者で若者がいないのを残念に思います。橋本さんのわかりやすいお話を聞きにひとりでも多くの方が参加されることを願っています。
 津山郷土博物館だよりNo.83で「橋本惣司さんの『古代美作道を検証する』は美作の古代官道研究に一石を投じる意欲的な論文です。橋本氏は市内在住の元学校教員で、熱心に郷土史を研究されている方です。おととしの美作国建国1300年記念事業として行われた陶棺復元プロジェクトにも関わっていただきました。」と紹介されているように郷土の歴史に造詣が深い方です。

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2025 作楽神社のメタセコイアの紅葉

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 2025年11月21日に津山市院庄にある「作楽神社」へ、メタセコイアの紅葉を観に行ってきました。
メタセコイアは、ヒノキ科の落葉針葉樹で、和名を「アケボノスギ」といい、かつては絶滅したと考えられていましたが、1945年に中国で生きた個体が発見されたことから「生きた化石」として有名になったそうです。青空に映える作楽神社のメタセコイアは中国道からもよく見えますね。
 丁度散歩に来られていたご近所の方に伺うと、根が異様に長く縦横無尽に地面を張っているそうです。だから、こんなに大木になるんですね。
 また、神社内のもみじの紅葉も黄色く色づいたイチョウの木とコラボして綺麗でした。

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2025 大隅神社の秋祭り

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 2025年10月19日の大隅神社の本まつりの様子です。
 10月18日の宵祭りは雨のため、残念ながら中止となりました。本祭りは時折雨がぱらついていましたが、10臺のだんじりが統一巡行を行いました。
 大隅神社の氏子町内会のだんじりは現在11臺ありますが、近年では1年ごとに表年・裏年と分け、表年には11臺全てが出動、裏年には2~3臺が出動しているそうです。
 城下や城東まちなみ保存地区(旧出雲街道)をかけぬける姿にロマンを感じます。(2015年の大隅神社の秋祭りの様子です。

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2025 城西まるごと博物館

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 2025年10月5日(日)に津山市城西伝統的建造物群保存地区で、第30回「津山・城西まるごと博物館フェア」がありました。
 このイベントは旧出雲街道(西今町~宮脇町)でアート&クラフト展、ちびっこたちのステージやバルーンショー、美作大学からミマダインがやってきて賑やかでした。また、津山東高校生による書道パフォーマンス、城西お宝さがし、文ちゃんの南京玉すだれ等がありました。作州民芸館の少し南にある作州絣工芸館では、藍染体験が人気で子どもと一緒に参加している家族連れなどで賑やかでした。全部が撮れなかったのが残念でした。

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史跡「後醍醐天皇の休石」(新見市)

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 2025年5月18日「出雲街道を歩こう会」に参加したついでに、鳥取と岡山の県境・明智峠を越えて新見市花見山にある史跡「後醍醐天皇の休石」に立ち寄りました。現地は、岡山より鳥取西部へと戻る途上、県境に近い新見市千屋の国道180号沿いに看板がみえます。
 伯耆に向かう途中の当地で大きな石を見つけ休まれ、遠くの明地峠(明智峠とも。岡山県新見市と鳥取県日野町の県境にある)を見られて「夜は明智 月は入野に 身は成地 いつも花見る 休石かな」と詠まれたという。


史蹟「休石(やすみいし)」の伝記
 人皇第九十六代後醍醐天皇は、鎌倉幕府倒幕のため笠置で幕府軍と衝突したが敗北し執権、北条高時に捕えられ、元弘2年(1332年)3月7日、京都六波羅をご進発、響く何の旅路を重ねられ、美作の国より備中路に入られ、旧阿哲郡大佐町大井野を通過、市倉峠を越え、入野(現在の井原)に至り、落合より当地花見へご到着されこの大井氏に御輿を駐(やす)め、しばしご休息遊ばされました。
天皇は更に北上、明智峠を越され、伯耆路に入られ4月1日隠岐島へ流配されました。
よってこの地を休石と呼ぶようになり、爾来天皇を偲び毎年旧暦9月15日、後醍醐神社の祭として執行し今日に及んでいる。(文:現地由来書き看板転載)(2025年5月18日撮影)

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作陽保育園児の演奏で賑やかになった元魚町商店街

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 2025年5月21日に行われた「津山銀天街・元魚町商店街合同金曜マーケット」(毎週金曜日に開催)に可愛い作陽保育園の園児たちがやってきて、楽しい演奏を聞かせてくれました。おかげさまでアーケード街を通る人たちも思わずにっこり!
 この商店街はアーケード商店街で、旧出雲街道の流れを汲む歴史ある商店街として知られています。時代とともに商店も次々と閉店が続き、商店街を通るお客様も少なくなり、そこで商店街を少しでも盛り上げようと企画されたものです。この日はアーケード街を通る人たちも可愛いお客様に立ち止まって熱心に演奏を聴いていました。子どもがいるだけでなんだかほっこりしますね。

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和蘭堂の仲良しひな様 2025

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 2025年3月1日から津山市内で「津山城下町雛めぐり」が、2025年3月1日(土) 〜 2025年4月3日(木)まで行われています。中心市街地では「おかみさんの雛まつり」、城西地区では「城西雛めぐり」、城東地区では「城東雛めぐり」となっており各エリアで開催されています。
 ここ和蘭堂では、格子越しにお内裏様やおひな様、官女などが個性あふれる宴会をしていて「こういった飾り方もいいなぁ~」と楽しく拝見させていただきました。

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