野山公園(久米川南)
2020年4月11日に野山公園へ行ってきました。住所は津山市久米川南3123なのですが、ナビに頼って行くと、たぶんそうであろうと思われる公園がここでした。
嘗ては子どもたちが遊んだであろう公園は今では使われていないようでした。春なのでさくらの花が寂しく咲いていました。
2020年4月11日に野山公園へ行ってきました。住所は津山市久米川南3123なのですが、ナビに頼って行くと、たぶんそうであろうと思われる公園がここでした。
嘗ては子どもたちが遊んだであろう公園は今では使われていないようでした。春なのでさくらの花が寂しく咲いていました。
2020年9月13日・14日と浄土宗開祖・法然上人生誕地である栃社山 誕生寺(岡山県久米郡久米南町里方808)の駐車場に建てられている記念碑を訪ねてきました。
正面「南朝作州七忠臣竝忠死者二十人総忠魂碑」、側面左「樞密院副議長從位勲一等男爵平沼騏一郎謹題」、側面右「民部介菅原尚忠竝室法然上人叔母君秦氏彰徳」が、誕生寺境内に昭和9年4月3日に建立され、その後、平成7年に第二駐車場に移設されたそうです。若い住職にお伺いすると「詳しくは存じ上げませんけれど、碑文を保存しております。」と碑文の写しをくださいました。
B'z稲葉さんのモノマネでどんな質問にもB'zの曲で返す事ができる吉本のハロー植田さんが、先週に続き今週も遊びに来られて店内は笑いの渦でした。勝山出身のママとハロー植田さんはお互い軽快なトークで居合わせた私たちを笑わせてくださいました。
《臨時休業のお知らせ》
連休の営業についてお問い合わせを頂いえおりますが、店内が狭く、3密は避けられないと思われます。熟慮の結果、お客様、スタッフの安全を第一に考え、臨時休業とさせていただきます。
※休業期間2020年9月19日(土)~9月23日(水)です。(イナバ化粧品店)
由緒
口碑によると、正和三年神託により大山祇大神・闇見津羽命を勧請したという。二柱の大神はいずれも鉄山業者の崇敬神である。由来此の地が砂鉄採掘の盛んに行れた地であることは、現存する遺跡や、倉見の地名などで明らかである。元和十年・慶安元年・天和三年に再建した。天正五年に国司神社を合祀した。明治六年二月倉見神社と改称し、明治九年村社に列せられた。(文:『岡山県神社庁HP』より)(2020年8月8日撮影)
由緒
第六十代醍醐帝の延喜元年菅原道真公が大宰府に左遷せられた時、この地の志とと原まで御輦を運ばれた時に、野辺の梅花の春風に散っている様を御覧になり、住みなれた都の名残を惜み感涙を流されたという。延喜三年二月二十五日に薨去になり、その後、この里人に度々霊夢があったので、長徳の頃この志とと原に一宇を建立して、見帰天神宮と奉称した。(文:『岡山県神社庁HPより』)(2020年8月3日撮影)
角田公園(タイヤ公園)
津山市大田にある通称タイヤ公園です。ここの公園は津山市立北陵中学校や、津山市立弥生小学校のすぐ近くにあり、近くで遊んでいる子どもたちは「タイヤ公園」と呼んでいました。なるほど園内には沢山のタイヤが並んでいて、当たっても危なくないのでいいなと思いました。(2020年3月23日撮影)
岡山県道415号工門勝央線の安井地区で一筋西側に入ったところに荒神様が鎮座されています。
「子どもの頃は、夏祭りには、荒神様境内で、上土居と中須賀に分かれて、花火の争奪相撲大会をしたものです。」と安東伸昭さんが教えてくださいました。
荒神様は、屋敷内に祀る火の神、竈の神としての三宝荒神、屋外の屋敷神、同族神、村落神としての荒神、牛馬の守護神としての荒神と多様でおられます。(2020年3月29日撮影)
由緒
百済王敬福の末裔、百済源次家久が観応2年(1351)3月官命によって、長岡郷に移住し鋳工を始めた。世人はこれを釜屋と呼び、業が大いに盛んになり、人家が集合して一邑をなしたという。当時の釜屋が現在の金屋である。家久は猿田彦神を守護神として祀り金屋権現と称した。明治4年金屋神社と改称し、明治6年村社に列した。昭和24年摂社八幡神社を合祀して相殿に祀っている。(文:『岡山県神社誌』より抜粋)(2020年6月27日撮影)
江戸時代の町家を復元した無料休憩所「作州城東屋敷」で「津山和蘭珈琲」の試飲が出来ると聞いて早速行ってきました。なんでも、オランダで飲まれる珈琲を津山で紹介し、「津山和蘭商店会」を応援する企画として「津山和蘭(ダッチ)珈琲」の紹介と試飲を行っているとのことでした。
「津山和蘭珈琲」はオランダ式水出しコーヒーで、一般的にはダッチコーヒーと呼ばれるもので、全国を探してもなかなか手に入らないダッチコーヒー専用豆を津山のコーヒーメーカーが商品化したものです。私も試飲させていただきましたが、最初は濃い味かと思っていましたが、意外とすっきりしていて、香ばしくて美味しかったです。
「木山神社」の扁額が掲げられた鳥居の奥の境内には、常夜灯、御手洗、拝殿があり数社の境内社が祀られている。「木山神社」は拝殿の奥に細工がしっかりされた「社」が鎮座している。
近所の方の話では、由緒、勧請時期などの情報は不明だが、近くにあった山城跡から現在の場所に遷座されたのでは?と話されていた。勧請時期などは不明。(文:『私たちの木山さま』より)(2020年8月14日撮影)