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取材記事内を検索ワード「桜」で検索した結果,374件の記事が見つかりました。

第37回津山市医師会美術展

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2017年2月15日~19日まで、第37回津山市医師会の美術展がアルネ津山の文化展示ホールにて開催されました。
アーティフィシャルフラワー、小間物、木目込み、刺繍、造形、カリグラフィー、リボン装飾、フラワーアレンジメント、日本画、水彩画、書、さをり織り、工芸、プリザーブドフラワー、写真など多彩な力作が並び、会場内では多くの方が楽しんでおられました。

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鏡野八景 尊光院 圓通寺

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 高野山真言宗準別格本山尊光院圓通寺は、元総持院と号した。弘法大師帰朝後この美作の地に密教を広めるため、当山を建立したと伝えられる。
古来より西の高野また二ノ宮高野神社の奥の院と称せられたが、永禄年中福田玄蕃盛昌(毛利の武将)桝形城を築き、寺を外衛として軍士の大半を住居させた。よって城陥るに及び寺も全焼す。
時の院主成瑜法印焼趾に草庵をいとなみ法灯を守る。現在別所と称する土地で、広大な敷地跡があり、昭和二十二年「金銅仏」が掘り出された。
三十八世覚清上人檀越を説き、現在地へ再建された。
 津山森氏入封の後、当寺へ対する帰依浅からず寺領百石を寄進されている。四十七世秀範上人の時、再度焼失したが再建され、本堂の棟木に「寛延四年(一七五一)秀範七十二才これを建つ」の文字が見られ、現在の建物は二百四十数年の歴史を有す。
 近世の高僧として知られる竺道契・新弘栄師(両師に付いては岡山県大百科辞典参照)が住した。寺宝・文化財は数十点有する。(文:美作 高野山真言宗八十八ヶ所霊場HPより抜粋)(2016年12月25日撮影)

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武徳殿跡(現中山神社駐車場)

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「武徳殿跡」日露戦役の後、武徳の称揚民間に及び、武徳会津山支所のもとに各所に剣道場が設立されたが、西北部に新進の勢力を助長させるため、大正11年中山神社武徳殿の建設をみ、津山警察署の指導を得て一大進展をみるに至った。かくて勇士雲のようにでて小学校もまたこれに習い、地方の青年有志間においても諸武徳大会に、さらには昭和2年3月大日本武徳会岡山県大会(青年団体の部)優勝という輝かしい成果をおさめた。
昭和18年高田・田邑両村と連合して4ヶ村組合立青年学校を、昭和23年4月組合立津山高等学校中山分校、昭和29年7月に津山市に編入されるにおよび津山東高等学校となり、その後津山市沼の本校に併合され、今は中山神社の駐車場となっている。 (美作一宮の遺産を見つける会発行:美作一宮 郷土の遺産より抜粋)

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【津山人】時代小説作家 平茂寛氏

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2017年1月29日(日)津山土岐家財団主催「第7回講演会」が行われました。
 講師は時代小説作家の平茂寛氏(佐藤和久)で津山在住です。演題は「時代小説創作の苦労と楽しみ」でした。佐藤さんは岡山県職員として勤務する傍ら、時代小説作家を志し、「隈取絵師・鍬形蕙斎」で朝日時代小説大賞を受賞。作家志望の裏話、創作の苦心、楽しみを語って下さいました。
 、椿高下の武家屋敷の逸見(へんみけ)は、佐藤さんの義父の家です。)

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『なつかしの津山Part2』池田泰弘切り絵展

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『なつかしの津山Part2』池田泰弘切り絵展が始まりました。
開催期間は2017年1月21日(土)~2月19日(日)までです。
江見写真館に残る大正期~昭和20年代までの貴重な津山の風景写真を、池田さんが色彩豊かな切り絵で再現しています。当時を知っている方も、知らない方も、なつかしい津山の町並にタイムスリップしたような気分になります。ぜひ、記念館で作品をご覧になってください。(2017年1月23日撮影)

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小桜神社(河原町)

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河原町は17世紀初めには「瓦町」の記述もあるが、後に、吉井川の河原に出る道があったことによりついた。
修験者大福院宅跡説や伏見町の小棲屋という屋敷に祀られていた故に小桜の名になったという説がある。
正徳2年(1712)に勧請、宇迦之御魂神(うかのみたまのみごと)を把るお稲荷さんの町内神。
所在:津山市河原町12 祭神:宇迦之御魂神(うかのみたまのみこと〉 創建:正徳2年(1712)勧請 祭礼:夏祭7/24 敬老祭9/15 秋祭10/24
(文:津山城下町まちなかお社巡り 津山まちづくり本舗)(2016年11月30日撮影)

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【津山人】桜の植樹に心血を注いだ福井純一

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桜の植樹 
 鶴山公園は岡山県内で唯一、全国桜名所百選に選ばれている桜の名所である。この桜の植樹に尽力したのが福井純一である。福井家はもと真庭郡久世町の在で、酢の醸造業を営んでいた。天保年間(1830~44)に分家して津山に移り住んだ。純一は明治11年(1878)1月31日、父・周二郎(別名・浪二)の長男として、津山市本町二丁目に生まれた。津山成器小学校から同志社中学に進むが、父が病で倒れたため、中退して帰郷する。

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津山城跡で行われた博覧会

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姫新線全通記念・産業振興大博覧会が津山市主催で昭和11年3月26日~5月5日の期間に行われた時の記念写真です。この写真は第一会場の写真と書いてあります。(上記写真の提供は保田扶佐子さん)


 津山城は明治維新後の廃城令により建物は取り壊されてしまいました。しかし、その後の保存運動により城跡は「鶴山公園」として整備され、また、福井純一氏などの尽力により、桜の名所としても有名になり、津山のランドマークになっています。
 現在でも桜の季節には「津山さくらまつり」が開催され、また、その他にも数多くのイベントの会場として使用されていますが、過去には、津山で3回行われた博覧会の会場にもなっていました。巾でも昭和11年(1936)に行われたものでは、元々の形とは全く違うとはいえ目玉として天守閣が再建されています。その天守閣の写真などが様々な機会などで紹介されており、ご存じの方も多いと思いますが、博覧会の様子を知る方は少なくなっています。
 そこで、ここでは当時の古写真や記録を基に、再建天守閣以外の博覧会の様子についてご紹介します。(文:津博No.84より抜粋)

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一刀一絵・・・浮世絵師・立原位貫 追悼展

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 8/12(金)より9/4(日)まで後期展「1991~2015 立原位貫へ」がありました。
今回はNHKのテレビとラジオ(岡山県)でもこの作品展が紹介されました。
オリジナル作品を中心に制作していた1990年代から再び浮世絵の復刻のプロジェクトに取り組んだ2015年3月の最後のオリジナル作品と、一昨年立原さんの手許に戻ってきた25歳のときに初めて彫った浮世絵作品など18点が展示されました。(2016年8月19日撮影)

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